兼定、今度は坊主に怒られる
三月も半ばを過ぎると、この土佐の地は随分と春めいてくる。
とは言っても、暑さ寒さは目の前の景色から推測するしか無いが・・・
そんなある日、金剛福寺の住職が兼定の元を訪れた。
「これは真栄殿、わざわざ足摺から足を運ばれるとは、大儀なことでおじゃるな。」
「御所様におかれましては、ご機嫌麗しいようにお見受けされる。」
「うむ。神仏の加護により、最近は神懸かりなどと囃し立てる者も後を絶たんがのう。」
「その神仏に足で砂をかけるような行いをして、罰が下らなければ良いのですがな。」
「そのような罰当たりなこと、麿はせぬぞよ。」
「ならば何故、耶蘇の布教をお認めするなどという暴挙に出たのじゃ!」
沸点低い坊さんだ。
「随分言葉が乱暴じゃのう。耶蘇の教えを広めたいとバテレンが申すから、良いと言うたまでのことで、他意は無いでおじゃる。」
「しかし、御所様の間違ったご判断により、多くの民が惑わされることになるのですぞ。」
「そう心配せずとも、大したことは起こらぬ。そちの檀家がちょっとばかり減るかも知れぬが、それだけのことでおじゃる。」
「由々しきことではございませぬか!」
「そうかのう。耶蘇に負けぬよう、神仏の加護を与え続ければ良いだけではないかの?」
「ご、御所様・・・何を言っているのか、その意味は分かっておられるのですかな・・・」
「もちろんじゃ。こう言うては何じゃが、真栄殿などよりはよほど高い教養を備えておるぞ。」
「で、では、耶蘇教を認めたことで、民にどんな悪い影響が起こるかご存じか?」
「さて?南蛮人は耶蘇の神を信じ、鉄砲や時計のような高度な品を生み出し、遙か異国より船で来るだけの力を持っておる。悪いものなら、そうはなるまい。」
「物欲にまみれておりますな。」
「物欲にまみれておるのは、生臭坊主も同じでおじゃろう。中には武士と戦をするような者もおる。仏の道に進んだ者が、殺生をしていては世話はない。」
「それは今の世、仕方無きことではありませぬか?」
「麿はそう思わぬ。だからこそ、それに抗ごうておる。民も、ぜうす様の救いに共感すれば洗礼を受けるし、そうで無い者もおるであろう。そなたが神仏の教えに絶対の自信があるなら、何故にそう慌てる必要があるのじゃ?」
「そ、それは、この地の安寧が乱されることを危惧するからにございます。」
「心配には及ばぬ。鹿児島や府内、山口ではすでに布教が認められておるが、そのような話は聞いたことがない。心配はごもっともじゃと思うが、杞憂じゃ。」
「ではせめて、私とバテレン、どちらが正しいか、民の前で問答をさせていただきたい。」
「そのようなものは認められん。そなた先ほど安寧を乱すことを危惧しておったろう?その口でバテレンと喧嘩するつもりかの。」
「それは・・・」
「何を信じるかは信徒が決めることであって、押しつけがましい神などいらぬわ。麿はどこにも肩入れはせぬし、どこにも不当な扱いをするつもりは無いぞよ。」
「しかし、このままでは由々しきことが起きますぞ。」
「麿を馬鹿にするのも大概にせい!耶蘇も南蛮人の思惑も承知の上じゃ。」
「それはどのようなことで・・・」
「まだ分からぬか。どちらに肩入れするつもりもないぞよ。それとも、麿に歯向かうというのかな。真栄殿。」
「いえ、失礼いたしました。」
「そなたはそなたの成すべき事をしておれば良いのでおじゃる。麿の成すべきことに口出しするではないぞよ。」
真栄は這々の体で帰って行った。
『随分交渉ごとが上手くなったではないか。冷静さを保てていてよかったぞ。』
『麿も和尚を論破できて晴れ晴れしい気分ぞよ。今ならバテレンにも勝てるの。』
『それさえ出さなければなあ。』
『何を言う。これこそ麿ぞ。』
『それはそうだな。』
『それはそうと、バテレンの思惑とは何じゃ?』
『あの者たちだって、わざわざ奉仕の心だけで何ヶ月も海を渡ってここまで来ている訳ではないぞ。』
『金か?名誉か?』
『もちろんそれらも含めて、ここで布教することが目的達成に必要だからやっているだけのことだ。結局、生臭坊主とさほど変わらん。』
『確かにそうよの。麿だってそんなに高尚な意志をもって公卿をやっているのではないものな。』
『まあ、そういうことだ。互いに利用し、旨い言葉に騙されなければ、それでいい。』
『麿のような清純な心の持ち主には、ちと厳しいのう。』
『さっき高尚ではないと言ったばかりではないか。』
『そうじゃったかのう。まあとにかく、坊主を追い返して気分が良いぞよ。』
まあ、この素直さが兼定の美点ではあるのだろう。
大きな軋轢と混乱が起きなければいいのだが・・・




