伊勢に向かう
まあ、あの後は大変であった。
利用価値を認められたのか、信長は勿論、家中の者にも歓待され、二週間ほど滞在した。
ついでに熱田神宮の参拝には信長直々に案内してもらい、後年の再会を約束して国境で別れた。
とにかく、兼定は人に取り入ることだけは得意なようで、今回はそれが役に立った。
『しかしまあ、大変でおじゃった。』
『弾正は少将以上に酒が強かったな。』
『麿も相当いけるクチじゃが、あれに付き合うておったら身がもたぬ。』
『だが、茶器も大層喜ばれたし、何か一条茶碗なんて名付けをされていたぞ。』
『何とも面映ゆいのう。しかし、本当に織田がそんなに大きくなるのか?』
『今に分かる。とは言っても美濃を攻め落とすのにまだ7年近くかかるだろうが、そこからは早いぞ。』
『そうなのか。今川に勝つくらいじゃから強いのは分かるがのう。』
『そして、あの者は敵対する者全てを打ち倒し、ほとんどの場合、一族は根絶やしにされている。』
正確には根絶やしまでは行かないが・・・
『そのような激しい御仁なのじゃな。』
『だから、早めに誼を結び、所領安堵の約束を取り付けておこうと考えたのだ。』
『しかし、現状では麿の方が上ぞ?』
『畿内や美濃、尾張を見てどう思った?伊予はともかく土佐などより遙かに豊かで人が多いだろう。あれを領することになるのだ。すぐに追い抜かれるぞ。』
『そうよの。』
『讃岐と阿波、淡路を取ったところでやっと今の毛利に並ぶかどうかといったところだ。生き残るために、強い者と結ぶ事も考えるべきだ。』
『織田と仲良くすれば可能なのか。』
『もちろんそれだけでは足りん。周囲の状況を見極めながら大友や伊東から島津へ乗り換える判断も必要だし、三好を攻める算段も立てねばならん。』
『しかし、それではまた本家に怒られるのう。』
『三好を倒した後は、少将を脅かす者は四国にはいなくなるぞ。』
『毛利をけしかけるとか?』
『それは無い。そこまでやったら当家は幡多荘まで失うことになる。』
『そうよの。毛利より話が通じんとまでは思われてないであろうからの。』
『そういうことだ。数年は戦をしないから領内を発展させ、地盤を強化することだ。』
そうこうしながら、一週間かけて伊勢に到着した。
兼定も伊勢は初めてだそうである。
『さすがに荘厳よのう。やはり一度は見ておくべきものじゃ。』
『確かにそうだな。』
『悪霊も祓われる清々しさよ。』
『そうだな。悪霊などここには近寄ることさえできまいな。』
『何故、お主は平気なのじゃ?』
『別にここの神とは仲が良いからな。』
『もう結構長い付き合いにはなるが、どうしてもお主が神とは思えんのじゃ。』
『それは何故だ?』
『何か、人間臭いというか、霊験あらたかな奇跡のようなことを起こす訳でも無いし、何というかのう、この場所のような神々しさを感じぬのじゃ。』
『神は意外に人間っぽいものだぞ。』
『しかし、いくら人間に近くても神であろう?麿の高貴さに及ばぬのは、どう考えてもおかしいでおじゃる。』
『我も人間ぽいのは認めるが、失禁も大もお漏らしもせぬぞ。』
『そういうとこじゃぞ。悪霊よ。そちはいちいち品性に欠ける。』
『知力7の割に言うではないか。』
『それで、弾正はどうなのじゃ?』
『知力か?まあ、90を下ることはあるまい。これから歴史上の人物に成っていく訳だしな。』
『麿も歴史上の人物であろう?』
『どちらかというと、道鏡や藤原顕光、上杉定正に近いのではないかな。』
『それは酷い言いがかりではないか。』
『しかし、後世の評価はそうだ。まだまだ頑張る必要があるな。』
『しかし、後世の人間は高貴な者を敬う心に欠けておるな。』
『そういう少将も藤原顕光を酷いと評価しているではないか。言っておくが、少将より位は上だぞ。』
『そんなのは屁理屈じゃ。麿はあそこまで悪うないわ。』
『そういう評価をひっくり返して見ろ。我と共にあるなら、それは叶う。』
『いつもそうやって・・・』
『事実、二カ国の主になったではないか。後はどうやって生き残るかだ。』
『まだ十分ではないのか。』
『今までは攻め滅ぼされないために、小領主から太守になった。これからは戦をしながら巨大な相手と交渉し、万千代以降の時代も生き残るための手を打つ必要がある。』
『攻め滅ぼされることがなければ、生き残りは成功ではないのか?』
『今のままではまだ安心できん。せめて四国は平らげておかないと厳しい。』
『分かったぞよ。でも、少しは遊んで良いかのう・・・』
『たまに少しなら良いだろう。ただし、長いこと領地を離れていたのだから、帰ったら当分仕事だ。』
『お主、宗珊より厳しいぞよ・・・』
まあ、そう言うなよ。




