牛車に揺られて
一行は琵琶湖で水遊びした後に、中山道を進んで美濃に入った。
『しかし、熱田に行くなら鈴鹿を越えた方が良かったのではないか。』
『そうだな。単に熱田に行くならそれが常道だな。』
『まあ、色んな所をゆっくり見て回るなら、多少の寄り道も良いがの。』
『その通りだ。土佐に暮らしていると、美濃を訪れることなど無いからな。』
『それに、関白家の牛車なら関所で止められることも、下賎な地侍の狼藉に会うこともない。』
まあ、四国の外に敵はいないだろうから・・・
『しかし、馬に乗り慣れた身からすると、牛車は遅いのう。』
『まあ、早く移動するための物では無いからな。』
『しかし、今では一条くらいしか牛車を持てる貴族はおらんなった。』
『まあ、皆思った以上に貧乏だったな。』
『そうよの。本家だけが別格じゃった。』
『それも、少将の成功あってのものだ。』
『そうよの。扱いは散々でおじゃったが。』
『嫌味には嫉みも多分に入っている。それも含めて身の振りは慎重にな。』
『分かったぞよ。ところで、美濃の見所は何があるかのう。』
『長良川の鵜飼いか?』
『そうよの。あれももう終わりの季節じゃのう。』
期間限定なのか・・・
『まあ、土佐と違って広々した地だし、景色を楽しみながら、地の物を味わうといい。』
『そうよの、旅の醍醐味よの。』
こうして井ノ口(現:岐阜市)に到着する。
『あれに見えるが稲葉山か。』
『守護代の城があるな。』
『蝮の巣か。』
『滅多なことを言うなよ。まあ、今は蝮の子が住んでいるが。』
『そうなのか。知らんかったぞよ。』
『まあ、美濃の情勢まで知る必要は無いがな。4年ほど前に代替わりしている。』
『しかし、ここの落ち鮎もなかなかのものよのう。』
『我は味が分からんがな。』
『そうか。悪霊でも叶わぬことがあるのじゃな。美味いぞ。』
味覚を備えたゲームなど、いくら技術が進歩しても実現できないだろう。
『ほれほれっ、食いたければ食うてみるが良い。日頃の働きに免じて、麿の分を少しだけ分けてやろう。』
このヤロー!
次の日、牛車は境川を渡り尾張葉栗郡に入った。
そして午後には清洲に入る。
『明日には参拝できるのう。』
『その前に、ここの領主に会っておくぞ。』
『それは何故じゃ。』
『今から誼を結んでおくに値する人物だからだ。』
『五百年後にはそうなっておるのか?』
『そうだ。ただし、恐ろしい御仁ゆえ、くれぐれも怒らすでないぞ。』
『楽しい旅じゃったのに・・・』
『だからわざわざ中山道を通ったのだ。』
『騙したな、悪霊!』
『昨日の鮎の仕返しだ。』
『逆であろう。先に謀ったのは悪霊の方ぞ!』
何だか最近、兼定の知力が上がったような気がする・・・
『まあ良い。いずれ避けられんものなら、早いうちに済ませるぞよ。』
ここで絶対拒否しないところが憎めない。
まあ、操作不能ではゲームにならんが。
『上手く事を運べば、一条家の安泰にとって大いに役に立つ。何と言ってもこれから京に向けて領地を拡げる男だからな。』
奇しくも、桶狭間の合戦がつい数ヶ月前に起きたばかりのタイミングである。
きっかけは本家からの苦情であったが、良い旅になったと思う。
『では明日、使いの者を寄越して面会するようにするぞよ。』
「はぁ・・・」
ため息も心の中でやれよ・・・




