兼定、参内する
京に到着して半月。
これまで歌会や蹴鞠などであちこちにお呼ばれし、賄賂を配って顔を売った。
そしてやっとのことで、帝に会えることになった。
多分、帝もそんなに忙しい訳ではないのだろうが、勿体ぶっていたのではないかと推測する。
「こうしてお目通りが叶い、大変光栄に存じまする。従三位左近衛少将、一条朝臣兼定におじゃりまする。」
「よう参った。土佐はから遙々参内したこと。余は嬉しゅう思うぞ。」
「仰せのとおり、遠き地にてご無沙汰しておりまするが、お帝を始めとする皆様方からのご厚情、常に感じておりました。」
「良い心がけである。中には田舎に行った途端、京を忘れたり田舎の俗習に染まる者も多いが、そちのような殊勝な者がいること、嬉しく思うぞ。」
「有り難きお言葉にございまする。」
「して、一条の分家は何やら粗野な騒動を起こしたと聞いたが、由々しきことよのう。」
「伊予でのことにつきましては、皆様方に大変ご心配をおかけし、この左近、大層胸を痛め、猛省しているところにおじゃります。しかし、何とか彼の地での戦乱を収め、民を安んじたところにおじゃりまする。」
「やんごとなき者が刀を振り回すなど、とても褒められたものではないのう。」
「はい。麿はかつての後醍醐帝に憧れ、幡多荘を地力で守ろうとしておりましたが、もし、皆様方のお力添えを持ってこれが守られるのであれば、大変に喜ばしいことと家中一同、喜んでおるところでおじゃる。」
長い沈黙の間、簾の向こうから何とも言えない空気が流れ続けている。
「それで、伊予守護は今、どうしておるのかの。」
「今でも伊予守護におじゃりまする。守護の一族は皆、変わらず健勝におじゃる。」
「守護の領地を返還する考えはあるのか。」
「返すも何も、守護の威光はそのままでおじゃりまする。むしろ、守護は京に暮らすのが普通でおじゃりますれば、名も体もこれまでどおりと言えまする。」
まあ、生き残っている守護は皆、その普通では無かった者たちであるが・・・
「了知した。これからも朝廷の安寧のため、また、その威光を僻地の津々浦々にまで示すようよく励めよ。」
「帝のお言葉、胸に刻み、必ずや任を全ういたしまする。また、遅くなりましたが献上の品、お持ちいたしましたゆえ、ご査収いただければ幸いにおじゃりまする。」
「うむ、良い心掛けよ。有り難く頂戴しておるぞ。では、下がるがよい。」
「はっ。」
こうして兼定の拝謁は何とか終わった。
『随分お怒りであったの。』
『ああ、総領に確認する必要があるが、それでもそれなりに対処できたと思うぞ。』
『麿もそう思うぞよ。散々嫌味は言われたが、居並ぶ公卿の反応もそれほど冷たいものでは無かったぞよ。』
『歌会や蹴鞠、金品の効果はあったな。』
『えらい出費ではあったがの。』
『しかし、一条家の勢いを示すことは大事だ。将軍家がこれから更に衰えることを考えれば、当家が粗野な厄介者から公家の稼ぎ頭と見做される日も近い。そうなれば禁裏の見る目も変わる。』
『そうせぬといかんのう。』
『それにしても、今日は冷静に対応していたな。』
『いつも冷静じゃぞ?』
『あれだけグチグチ言われて我慢できるなら、大したものだ。本名も名乗っていたしな。』
『麿も家のためなら、あのくらいはするぞよ。』
『そこだけ切り取れば、名君だな。』
『全て見渡しても名君ぞよ。』
「義兄殿、本日は大儀であったのう。」
「総領様のお力添えもあり、何とか乗り切ったでおじゃる。この恩義、決して忘れることはできぬぞよ。」
「その心掛けがあれば、そちの家も繁栄を続けられるであろう。それと、たまには京に出向き、できぬとしても文を寄越し、親睦を深めることこそ大事ゆえ、ゆめ忘れぬようにな。」
「お言葉、痛み入りましておじゃる。」
こうして、更に二週間ほど滞在し、旅支度を済ませて京を去る。
「では少将よ、旅の息災を願っておるぞ。」
「有り難きお言葉にございまする。」
「それと、万千代の件、確かに引き受けたぞ。楽しみにしておる。」
「元服の際は諱を拝領できるよう、よろしく頼むでおじゃる。」
「それは本家を統べる麿の役目よ。任せるが良い。」
「それでは総領様、本家の皆様、お世話になり申した。またの機会に。」
こうして兼定一行は貴族らしく牛車で熱田神宮を目指す。
ちなみに、以前から依頼していた宇和郡の土佐編入も、今回、各有力公家に頼み込んだ結果、あっさり実現した。
しかし、こういう慇懃な態度を取らせると、兼定はなかなかのもんだなあ・・・




