兼定、上洛する
永禄3年(1560)8月
この月、兼定は僅かな供回りを率いて海路で兵庫に上陸し、堺に立ち寄りながらこの日、京の都に到着した。
「お久しゅうおじゃりまする総領殿。左近におじゃりまする。」
「よく来たでおじゃるな。まあ、上がりなされ。」
出迎えたのは、本家の若き当主、内基である。
この人は、19才年上の兄が早世したため家督を継いだが、兼定より5つも年下であり、昨年元服したばかりである。
現在の位も正四位下 左近衛権中将であるが、後に左大臣や関白を務める人である。
「しかし義兄上、此度は大きな騒ぎを起こしましたなあ。」
「幡多荘を守る為とは言え、本家や一族の皆様方には大変迷惑を掛けてしまい、恥じるばかりでおじゃる。」
「わ、分かっておるならよいのでおじゃる。我らやんごとなき家の者が武士の真似事などしてはならぬ。お陰で土佐の田舎に引っ込んだら一条でも猿になるなどど、他家に笑われる始末じゃ。」
笑いたい者には笑わせておけばいいと思うが、彼の立場ではそうもいかないのだろう。
「それに、此度は伊予守護である河野一族を滅ぼしてしまったと聞く。幕府と仲良うしたい帝もえらくご立腹であったぞよ。」
「面目次第もおじゃらぬ。」
「それで麿の出世が遅れれば、義兄上にとってもよろしからぬことになるでの。」
「全ては幡多の荘園を守りたい一心であったのよ。」
「それは気持ちとして分からんでもないし、当家にとって荘園からの上納は重要なものにおじゃる。しかし、幡多を守るため伊予一国はいささかやり過ぎではないかの。」
「河野が本気を出せば、幡多まであっという間でおじゃった。これからは加減するゆえ、何とかお怒りを収めてはもらえぬであろうかのう。」
「まあ、事の大きさは理解しているようであるからして、これ以上責めても詮無きことではあるが、河野に領地を返すことはできんのかの?」
「それは恐らく無理でおじゃる。」
「なぜじゃ?」
「此度の負けで、河野の家臣の心はすでに主から離れておじゃる。領地を返しても、三好か毛利に同じ目に遭わされるのが関の山。特に毛利とは手切れいたしたゆえ、またぞろ伊予の地が戦乱に巻き込まれるでおじゃる。」
「しかし、幕府にどう申し開きすれば良いものかのう?」
「依然、伊予の守護職は河野家でおじゃる。一条はただ、河野に代わって伊予を守っておるのみ。」
「詭弁じゃのう。」
「総領殿、物は言いようにおじゃる。」
「義兄上、やはり反省が足りぬでおじゃるな。」
「そうは申しておじゃらぬ。実際に土佐も伊予も今は戦乱の坩堝。そして一条が動いたからこそ、その戦乱に終止符が打たれたことも事実。当家も幕府に協力する姿勢を見せれば、事は沈静化していくと考えるでおじゃる。」
「そうよのう。その線で話をしてみるほかないのう。しかし義兄上、話を丸く治めるには、先立つ物も要るでおじゃるよ。」
「そこに抜かりはないぞよ。」
「帝や将軍だけではない、口うるさい公卿どもにも、黙らせる材料が必要ぞ。」
「お心付けであれば、堺で良き品を手に入れたし、金子も用意しておじゃる。総領殿には面倒を掛けまするが、何卒よろしゅう取り計らってたもれ。」
「まあ、分家の不始末に本家が何もせぬ訳にはまいらぬ。仕方ないので助力するが、以後の振る舞いには十分気を使うでおじゃる。」
「ご指摘、まことにごもっともでおじゃるよ。」
「まあ、長旅で疲れもあろう。夕餉までゆるりとするがよい。」
「それともう一つ、ご相談したき儀があるのじゃが。」
「何じゃ。申して見よ。」
「麿の嫡男、万千代の今後についてでおじゃるが、本家で教育させようと考えておりまする。まだ二歳ほどでおじゃるが、五歳くらいになれば旅にも耐えられようし、物心も付くでおじゃる。分家が京で侮られることがあれば本家にとっても一大事。その辺りについても御高配賜れば幸いにおじゃる。」
「それは良い心掛けよの。そういった殊勝さと親心は良いことじゃ。よろしい。次の当主として良き師を付け、一角の人物に育て上げてやるから期待すると良いぞよ。」
「さすがは総領殿におじゃる。本当にご相談して良かったでおじゃるよ。」
『のうのう、あんな感じで良かったでおじゃるか?』
『上出来だ。最後はなかなか上機嫌だったではないか。』
『そうよの。あれほど義弟が喜ぶ顔など、見たことなかったぞよ。』
『しかし、血は争えんな。』
『ああ、高貴な雰囲気は黙っておっても隠しきれるものではおじゃらぬ。』
『いや、おだてに弱いなと思ってな。』
『お主はいつも一言多いでおじゃる。麿はいつも慎み深く、深慮ではないか。』
『少将がそう思っているなら、それ以上は何も言えんが、なかなか目を覆うものがあるぞ。』
『五月蠅い五月蠅い!黙れ!』
『やっといつもの調子に戻ったな。』
『いつも冷静じゃぞ?』
『まあいい。帝にも会うのだから、よく考えて喋れよ。』
『よろしく頼んだぞ、悪霊。』
少しは考えろよ・・・




