最終話:町の喧噪
文禄元年(1584年)3月
将軍信忠就任により、元号が文禄となった。
世の中も変わりつつある。
蝦夷地への入植のため、東北地方の元足軽を中心に数千人が海を渡ったそうある。
また、金と銀の兌換比率が南蛮と同じ基準に改訂され、金の不要な流出に対する止血措置が講じられた。
さらに、学問の重要性が高まり、各地に寺子屋が興り始めたほか、新田開発や治水工事、街道や駅の整備など、平和な時代ならではの発展も始まっている。
これら全て兼定の献策によるものである。
やるべき事は全てやった。
織田の将軍も二代目となったが、こういった積み重ねが世を安定させるし、光秀、秀吉、家康のフラグも軒並み折ったから、変なイベントも起きないだろう。
伊達政宗や黒田官兵衛も、一郡を領有するだけの小大名であり、いくら彼らの才を持ってしても、世を動かすことはできまい。
残る懸念は耶蘇教と南蛮との付き合いである。
もちろん、相手が敵対的な行動を取るなら迷わず弾圧するだろうし、今の幕府にはそれだけの力がある。
また、禁教令を出さずに鎖国のみという選択だってある。
そこは助言だけしておいて、若い世代に委ねよう。
そしてもう一つ。
世は二代将軍となったのに、エンディングが来ない。
きっと、一条家で全国統一していないから、クリア条件を満たしていないのだろうが、多分、これでいい。
また盤面をひっくり返しても、全員がもう一度苦しい思いをするだけだ。
さて、松山に戻った兼定は、既に家督を譲っていることもあり、隠居城の中村に戻ることにした。
松と秀、そしてまだ幼い鶴と日吉丸も一緒である。
「やはり、最後はここに戻ってきましたね。」
「麿達の生活はここから始まったのじゃから、当然よの。」
とはいっても、住居は旧邸ではなく、城内の御殿である。
いくら何でも、大大名があんな無防備な屋敷に住んでいていいはずがない。
御所は現在、行政の中心として機能している。
「私は嫁いで来たときから、この町が好きでございました。」
「秀は麿のことは・・・」
「そ、そのようなことはございませぬ。ただ、少しばかり素直になれなかっただけにございまする。」
「うむ。今にして思えばそうだったような気がするぞよ。」
「ここでご隠居様と静かに暮らせるなんて、本当に幸せにございます。」
「二人とも苦労をかけたのう。その分、これからは毎日楽しく穏やかに暮らして欲しいぞよ。」
「父上、ここは小っちゃな御殿でおじゃるな。」
「まあ、そうじゃの。じゃがそなたももう十じゃ。あと何年か住むだけじゃから、我慢するのじゃぞ。」
「麿は大人になったらどこに行くでおじゃるか?」
「うん。それは兄上が決めて下さるじゃろう。」
「鶴はずっと母上と一緒がいいです。」
「ほほほっ。良いぞよ。父が母に言うてやるから大丈夫じゃ。」
「父上は母上にいつも負けておいでです。きっと母上に叱られてしまいます。」
「・・・日吉よ、もうちょっと手加減するでおじゃる。」
「皆さん、少し町に出てみましょうか。」
「そうじゃの。懐かしい町並みでも見て回ろうかの。」
ということで急遽、家族全員で中村の町を歩くことになった。
護衛がそれなりの数いるが、それでも平和な町そのものである。
「半次郎も白髪が増えたのう。」
「へえ。さすがに孫ができる年になりますと、白髪も出てくるのうし。」
「あっ!父上、スリでございます。」
「行くのだ、親分!」
「へいっ!」
半次郎は走る。
しかし、足がもつれて転び、スリを捕まえたのは若い足軽だった。
「さすがの名親分も、寄る年波には勝てんかのう。」
「おおのずつない。さすがに、走るのはもう、無理かも、知れませんです・・・」
「まあ、走るのは若い衆に任せておけば良いぞよ。」
そんなことがありつつも、楽しく町を散策する。
「やはり、この町は落ち着きますね。」
「秀もそう思うかの。まあ、大坂に比べれば、鯨とメダカほど違うがの。」
「たとえそうであったとしても、ここが全ての始まりですので。」
「そうよの。皆、今まで本当にありがとうじゃ。」
町は少しだけ、夏の日差しも混ざる。そんな明るい一日である。
通りには威勢のいい掛け声、笑い声、そして民の屈託のない笑顔が溢れる。
『もう、懸念は全て無くなった。もう、のんびり暮らしても大丈夫だぞ。』
『そうか。徳川殿も家督を譲るそうじゃしの。そちが言うなら間違いないであろう。』
『もし何か問題が出たとしても、あの若い三人がいる。』
『そうじゃの。それにしても、長い付き合いになったのう。何年になった?』
『あと三年で三十年だな。』
『長い年月じゃったのう。』
『ああ、しかし、冷静に考えれば、お松と半年しか違わん。』
『そう考えると、お松にも苦労をかけたのう。』
『ああ。宗珊と並んで、一番苦労させられただろうな。』
『そう考えると、松も秀も宗珊も、そして悪霊も、麿にとって大切な仲間、いや、家族じゃな。』
『家族か・・・いい響きだな。』
『いや、悪霊は悪霊じゃから、ちょっと違うのう。』
『おい、さっきの感動を返せ!』
『良いではないか。その短気なところ、良くないと思うぞよ。』
やっぱりコイツ、兼定だ・・・
『しかし、そちには世話になった。お陰で一条は名を残せた。』
私だって、この四半世紀、コイツが唯一の話し相手だったのだから、お互い様でもある。
『そう思うか?』
『麿でもそれは分かるぞよ。知力7で生き残れるほど、この世は甘いものでは無かった。それは麿にも分かるぞよ。』
『しかし、実際にそれを成したのは、紛れもなくそなたの決断と行動だ。それは誇りに思っていい。』
『そう言ってもらえただけで、麿は満足じゃ。』
『何だ、後世の評価はもういいのか?』
『麿は家族とそちと弾正殿が分かってくれておるから、それで十分じゃ。』
まあ、一条兼定のイメージアップにちょっとだけ貢献できたかな?
『じゃあ、これからは妻を大切に、穏やかに長生きしろよ。』
『もちろんじゃ。美味いもの食って、毎日茶と歌と蹴鞠三昧じゃ。』
『あんまり散財するなよ。』
『どれもそんなに金はかからんでおじゃるよ。茶器なんて毎月献上されるものを、後から名付けして、天下の名物一丁上がりじゃからのう。』
『本当に上手いこと考えたな。』
『これからも、よろしく頼むぞよ。悪霊。』
『ああ、任せておけ。』
「ご隠居様、門が見えてまいりましたよ。」
「じゃあ父上、玄関まで競争でおじゃる。それっ!」
「これ日吉、卑怯でおじゃる。待ってたもれ~!」
春の柔らかい日差しに包まれながら、駆ける日吉丸とその背中を追いかける兼定。
最後まで兼定は兼定であったが、彼らしい良いエンディングじゃないかと思う。
相棒たちのこれからに幸あれ・・・
-完-
感想をお寄せいただいた皆さん、ありがとうございました。
また、誤字もたくさんありましたが、ご報告いただき、ありがとうございました。
次回作も書いておりますので、よろしければご覧下さい。




