兼定の決心
そして、信長の葬儀の夜・・・
『のう悪霊よ、起きておるか?』
『ああ、何だ?』
『麿もそろそろ身を退こうと思うておじゃるが、よいかのう。』
『何だ、えらく神妙じゃないか。』
『弾正殿がおらんなってしもうての、麿の役目も終わったような気がしたのじゃ。』
『まだ四十過ぎだけどな。』
『しかし、人の一生としては、申し分無い働きはしたと自負しておるぞよ。』
『まあそうだな。一代の英雄に引けは取って無いな。』
『麿のクセにのう。』
『ハッハッハ!全くだ。いいんじゃないか。充分頑張ったと思うぞ。』
『何じゃ、反対せんのか。麿はてっきりつべこべ言わずに働け、と言われるかと思うておったのに。』
『いや、確かにいい潮時かも知れんな。上様も太郎殿になるし、それなら次郎の方が適任だ。それに一条が代替わりすれば、徳川もそれに倣わざるを得なくなる。野心家の当代様にはご退出願った方が、世は安定する。』
『若者ばかりになるのう。』
『困った時には助けてやればいい。それに、次郎、万千代と代を重ねて家を安定させないといけないのは一条も同じだ。』
『そうよのう。』
それにもう、私の知っている歴史ではない。
神懸かりのメッキが剥がれてしまう前に去った方が、一条家のためでもある。
『老害と言われる前に身を退くのは、とても立派な振る舞いだ。』
『去り方まで神懸かりじゃのう。』
『ああ、きっとそういう評価を受けるだろうな。』
『ありがとう。悪霊。』
『長い付き合いだが、礼を言われたのは初めてだな。』
『そうかのう。初めてではないと思うが、まあ、滅多にないのは事実じゃのう。』
『本当は感謝されることしかした覚えはないが。』
『良く言うぞよ。三間では死にかけたし、変なことに何度も首を突っ込まされたぞよ。』
『いろいろあったなあ。』
『初陣も大変じゃった。』
『馬にも乗れんかったからな。』
『あんな無様な初陣を飾ったのは、天下広しといえども麿だけじゃ。』
『宮内少輔は迫力あったな。』
『そうじゃ。又四郎殿も宇喜多の棟梁も皆、空恐ろしかったぞよ。』
『でも、鬼が一番ではなかったか?』
『あれは絶対角が生えておったぞよ。目も赤く光っておった。』
『まあ、実物には生えてなかったがな。』
『あれは絶対、見間違えなどではないぞよ。』
『薩摩ではサボって動こうとしなかったし、加賀では結構緊迫した状況だったな。』
『皆本当に強いぞよ。勝てたのは麿の力では無い。それは分かるぞよ。』
『それが分かっているなら安心だ。』
『その度に感謝はしておったのじゃぞ?』
『そうか?いつも麿の力だと自画自賛していたようにしか見えなかったが。』
『それは、悪霊の洞察力不足でおじゃる。常に言葉の裏を読まねばいけないでおじゃる。』
『全く、そういうところは変わらんな。』
『そうよ。変わらんぞよ。じゃから、これからもよろしく頼むぞよ。』
『ああ分かった。だが、松と秀にはよく説明しろよ。』
『そうじゃの。当家の要じゃからのう。』
『それで、隠居して何をするつもりだ?』
『静かに暮らすぞよ。浮き世の四方山事とはおさらばじゃ。』
『だが、次郎は何と言うかな。』
『いずれは後を継ぐのじゃ。きっと分かってくれるぞよ。』
『まあ、妻が上様の妹君だからな。これ以上のことはない。』
『あれは先見の明があったのう。』
『いつもの内府に戻ってくれて安心したよ。』
『何がじゃ?』
『こういう噛み合わなさも、変わらなかったな。』
『そちも時々訳の分からぬことを言うところは、変わらんかったのう。』
『それでもまあ、何とか仲良くできたのではないかと思っている。』
『そうじゃの。麿は憎めない人柄じゃからのう。』
『そういうとこだぞ。』
『良いことではおじゃらぬか。』
『まあ、そうだな。』
兼定はこういうところがいい。
短気だが切替が早く、とても素直で楽観的だ。
困ったちゃんには違いないが、やることなすこと一貫していて、とても分かりやすい御仁だった。
たまに反抗するが、おだてればすぐ元に戻ってくれるから操作しやすいキャラでもある。
本当に、これが武田信玄や松永久秀だったらと思うと背筋が寒くなる。
『今日は疲れただろう。もう休んだ方がいいぞ。』
『そうよの。これから時間はたっぷりあるでの。』
兼定は静かに眠りにつく。
そして、翌月には信忠が二代将軍に就任し、兼定はそれを見届けるとともに、全ての官職を辞して松山に帰った。
さて、操作キャラが隠居したら、私はどうなるんだろう・・・
まあいいか。とことんコイツに付き合ってやろう。




