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一条兼定なんて・・・(泣)  作者: レベル低下中
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別れの宴

 天正十一年ももう暮れである。

 兼定は今日も信長を見舞っている。


「具合はどうかの?」

「もう動くこともままならんが、不思議と穏やかで、退屈でもないな。」

「それは何よりでおじゃる。」

「左近殿、天守まで連れて行ってくれぬか。」

「寒いぞよ。」

「構わぬ。少し、外が見たい。」


 二人は小姓たちを従えて、天守に登る。

 もちろん、大変なのは若い彼らだ。


 そして、信長はその一人に命じて、酒を持ってこさせる。


「この期に及んで、まだ飲む気でおじゃるか?」

「当たり前だ。今飲まずしていつ飲むのだ。」

「上様は絶対に回復するのう。これ程元気なのじゃから。」

「その上様というのはいい加減やめろ。弾正でいい。」

「上様はどこまで行っても上様じゃぞ?」

「他の者はいいが、そちにはそう呼ばれたくないのだ。」


「分かったぞよ。しかし、懐かしいのう。」

「ああ、互いに弾正、左近と呼び合った日は、何にも増して眩しい。」

「いつぞや、安土の天守から見た夕陽も綺麗でおじゃったのう。」

「この大坂の町を見下ろすのもまた、一興であろう。」

「弾正殿の言う通りじゃ。」

 酒と肴が運ばれて来た。


「では、儂と左近殿の成功と勝利を祝して。」

「乾杯でおじゃる。」

 盃を空け、二人は外を見やる。


「平和でおじゃるのう。」

「退屈に感じてはないか?」

「麿は無類の戦嫌いでおじゃる。退屈なのは弾正殿の方ではおじゃらぬか?」

「さっきも言ったとおり、それはない。これ以上、成すべきことはこの日の本に無いし、その時間も無い。儂はできる全ての事を成し遂げた。あるのはその達成感だけよ。」


「そう言える生涯は、最高でおじゃるな。」

「そなたはそれを一番近い所で見ていたはずだが?」

「散々に振り回されておったの。」

「違いない。そちほど振り回し甲斐のある男もおらんかったでな。」

「迷惑千万でおじゃる。」


「しかし、そなたが居たからこそ、成し得たことだ。」

「この、都すら凌駕しそうな町も、穏やかな天下も、全て弾正殿の功績じゃ。麿は、ここに招かれたに過ぎんぞよ。」

「あっさりとそう言い切ってしまうところが、気に入っておる。夢幻の如きを知っているかのような。」

「それはきっと麿ではないのう。麿に憑いておる悪霊のせいじゃ。」

「儂には神はいなかったが、そなたがいた。感謝している。」

「まだまだ感謝するには早いぞよ。」


「そう言えば、息子が太郎に改名しおった。」

「そうよ。麿の子が次郎、徳川殿の若殿が三郎になった。いや、してしもうた。」

「愉快だな。」

「全くでおじゃる。」

 そう言って笑い合い、そして、しばし黙り込む。


「もう一点の不安も無い。」

「最初から言うておるぞよ。織田の天下は揺るがぬでおじゃる。」

「まこと、神懸かっておるな。」

「いくら神がいようと、日の本を統べるのは織田の棟梁よ。」

「そうだな。もう太郎に将軍職を譲る手配もできた。」

「不遜の輩も片付けたしのう。」


「しかし、サルには期待しておったのだが。」

「神は最初から見通しておったからのう。」

「それは初耳だが?」

「わざわざ使える者を、まだ犯していない罪で排除する必要はないぞよ。」

「そう言えば、儂を暗殺したのは誰だったのだ?もしかしてサルか?」

「それが麿にも教えてくれんのじゃ。」


「さっきの理屈からすれば、よう働いておるのだな。」

「恐らくそうじゃ。言う必要が無いのでおじゃろう。」

「残念だな。地獄でゆっくりなじってやろうと思うておったが。」

「きっと本人は心当たりが無くて困惑するぞよ。」

「そうだな。その顔を拝むのも一興だったのだがな。」

「やはり、弾正殿はお人が悪い。」

「はは・・・死ぬるまでこうして笑い、酒を楽しめる生涯を送れた。重ね重ね感謝する。」

「もう何度も感謝されたぞよ。麿の方こそ、感謝に堪えぬ。」


 二人は、星が出るまで酒を酌み交わした。まるで、最後の時を知るかのように。


 そして、明くる1月9日、容態が急変した信長は、3日後に静かに息を引き取った。

 享年50。


 葬儀はしめやかに行われ、一つの時代が幕を閉じた。


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