勝利の宴
さて、騒動を解決した兼定は、栄太郎とともに二条城に招かれた。
ささやかな戦勝の宴を行うのだ。
父が病床にあるので、大々的な宴は開くことができないし、ましてや大坂城では憚られるのだ。
そして、ここには家康と嫡男信康も招かれている。
そう、新世代を代表する三名の顔合わせでもあるのだ。
「今回は皆の世話になった。礼を言う。」
「これは勿体なきお言葉に存じます。」
「麿も当然のことをしたまででおじゃりまする。」
「お陰で後顧の憂いは無くなった。まあ、弟を二人失うことになったが。」
「残念なことではございますが、武家の常でございます。どうか、気を落とさずに。」
「かたじけない。それに今日は栄太郎殿と三郎殿にも来てもらった。それそれ、此度は大儀であったな。」
「勿体なきお言葉、痛み入ります。」
「麿も少しはお役に立てて、安堵しておじゃりまする。」
「すまぬな。して、栄太郎殿は儂の一つ下で、三郎殿は二つ下なのだな。」
「はい。麿は永禄初年の生まれにおじゃりまする。」
「ならば我ら三人は兄弟だな。」
うん?三国志?
「それは徳川にとっても名誉なこと。三郎よ、そちはこの中でも三郎で良いな。」
「はい、父上。」
「では、栄太郎は今後、次郎と名乗るが良いぞよ。」
「父上・・・」
「これこれ内府殿、三郎殿はともかく、栄太郎殿はいささか不味いのではないか?」
「我が妻、お松にとっては麿が太郎、コヤツは次郎なので、何も問題おじゃらぬ。」
お調子者の親を持つと、子はもれなく苦労する。
「それで若様、伊勢や関東の仕置きはいかがなされるおつもりで?」
「伊勢は差し当たり織田家直轄とする。関東には弟の九郎(信治)に補佐役として河尻与四郎(秀長)を付けることにした。」
「まあ、人柄としても、序列からしても妥当なところでありましょうな。」
「それにしても父上、今さらではおじゃりますが、四十万もの兵は必要だったのでごじゃりますか。」
「何万が適切かは、麿にも分からぬぞよ。しかし、兵は必要じゃった。若様も変わらず大軍を起こし、率いることができることを示す必要があったからのう。武家とはそういうものでおじゃる。」
「なるほど、そうでおじゃりましたか。」
「そして、今回の事はそれに留まらんのじゃ。若様のお立場がさらに盤石となり、遠い将来、それを三法師様が継ぐ。この道筋をはっきりさせたことが大事なのじゃ。」
「さすがは内府殿でございますな。」
「武士というものは、家とか将来の継続性を重視するからの。もうこれ以外に可能性は無い、と信じるに足るなら、彼らに二言は無いぞよ。そして代を重ねれば、最早、それ以外には無くなるぞよ。こればかりは時間がかかるが、ここにおる三名が力を合わせれば、それも容易いことでおじゃろう。」
「神懸かりの内府殿からそう言っていただくと、力が湧いてきますな。」
「何か、脇役が良い所を盗って行ってしまったようで、恐縮でおじゃる。」
「いえ、父が常に側に置いていた理由が、良く分かります。」
「若様、あれは酒の肴代わりに置かれていただけぞよ。」
「しかし、内府殿と酒を酌み交わしている時が、一番上機嫌でした。」
「また、飲めるかのう。」
「内府様が行かれれば、誰が止めても飲むと思いますが。」
「しかし、若い時から浴びるように飲んでおったからのう。いくら百薬の長でも、あれは飲み過ぎじゃ。」
「確かに、あれは酒飲みの言い訳に過ぎぬ。」
「父上、さっきから聞いておりますと、あたかも父上は悪う無かったかのように言うておられますが、父上も相当、悪事に荷担していたでおじゃりまする。」
「次郎よ、麿まで悪人に仕立て上げるつもりかの?」
「それより、次郎殿の名はもう、決定事項なのでござるか?」
「うん。もう次郎じゃ。母には麿から言うておくから安堵せい。」
「奥方は大丈夫でござるか?」
「もちろんじゃ。若様と徳川殿の御嫡男と並び立つなど、大喜びに決まっておるぞよ。」
「ならば、それがしも太郎に改名しよう。次郎殿、三郎殿、ここで義兄弟の盃を交わそうぞ。」
「畏まりました。」
「麿も同じく。」
「では、我ら三名、今日から兄弟ぞ!」
「おうっ!」
こうして若い三人は改めて飲み始める。
「ほれ、こちらの方が良かったでおじゃろう?」
「そうですな。さすがは内府様、神懸かっておられます。」
「一条も徳川も安泰。これで良いのでおじゃる。」
新たな時代が、目の前に見えようとしている。そんな気がした・・・




