秀吉の申し開き
幕府軍の伊勢入国に先立ち、北陸に向かった丹羽長秀らは、柴田勝家、畠山義続、浅井長政、筒井順慶らを従え、およそ二十万にまで膨れあがっていた。
そのまま信濃に入り、さらに伊達政宗らを加えて小諸から上野に進軍する。
一条軍も戦うこと無く甲州に至り、八王子に進軍した。
そして、東海道を進む本軍であるが、新居の関で徳川家康の歓待を受け、彼らを加えた信忠は、9月15日に小田原に入る。
もう、この時点でほとんど勝負は着いてしまっていた。
こうなると、東国の大名達も動かない。
いくら当主個人は幕府に物申したくとも、戦に巻き込まれる兵はたまったものではない。
しかも、転封されて新しく来た者達にはそれほどの求心力も無い。
彼らは四十万近い大軍を前に尻込みするしかなかったのである。
虚を突かれた形になった秀吉も、充分な兵を集めることができず、10月1日に信忠に恭順の意を示し、戦火を見ること無く騒動は終息した。
しかし、事はこれで終わりでは無い。
織田信雄、信孝、羽柴秀吉の三名は大坂に送られ、この件の処理を一任された信忠の裁きを受ける。
大坂城北の丸にで、居並ぶ諸将を前に、三名が引き出されてくる。
信忠の右側には兼定と家康が、左には柴田と丹羽がそれぞれ並ぶ。
そして、西国の大名を中心に、多くの織田家臣が左右に並ぶ。
「さて、今回この三名が中心となり、幕府転覆を企てた訳であるが、申し開きがあれば聞こうか?」
「兄上、幕府転覆など企てた覚えはございません。これは何かの間違いか、誰かの陰謀でございます。」
「誰かとは誰だ。まさか儂と言うのではないだろうな。」
「誰かは分かりませぬが、我らを仲違いさせ、織田の力を削ごうと企む者の仕業では無いでしょうか。」
「証拠が無いなら単なる戯れ言だ。聞くに値せぬ。」
「しかし、火の無いところに煙は立ちませぬ。」
「火を付けたのは誰だ、そちか、三七郎か?それともサルか?」
もう、敬称で呼ぶことはやめたらしい。
「畏れながら、言いがかりでございます。」
「何故、上様の嫡男で既に家督まで継いでいる儂が、今さら言いがかりを付ける必要があるのだ。今回のことは確かな証拠あってのものであり、兵を起こしたのは上様の命であるぞ。」
「し、しかし、我々はそもそも謀叛など大それた事、考えたこともありませぬ。」
「父の見舞いにも来ないくせに、よう言えたものよのう。」
「関東は遠き地にございますゆえ。」
「伊勢は近いな。それに、一条殿の元には家臣が密使で寄越されたそうではないか。それとも、謀議に忙しくて、見舞う暇が無かったか?」
「そ、そうじゃ!内府様、内府様でございまする。真の黒幕は!」
「はて?何を言っておるのかさっぱりじゃのう。」
「ではサルよ。そちは黒幕に踊らされて謀叛を企てたのだな。」
「あっ・・・いや、謀叛はそもそも企てられておりませぬ・・・」
「ここにいる内府殿が、上様と儂にいち早くこのことを知らせてくれたのだ。」
「で、では、徳川殿、徳川殿でございます。彼の者は確かに、我らと共に兵を挙げる約定を取り交わしました。そこに座っておるのはおかしいことでございます。」
「黙れ筑前!先ほど自分には言いがかりと難癖をつけながら、それがしには言いがかりをつけるか。」
「いいえ若様、内府殿はともかく、徳川殿は確かに我らが一味にして黒幕にございまする。」
「筑前殿、語るに落ちたとはこのことよのう。ほれ、周りの者をよう見てみなされ。これが答えじゃ。」
「嘘じゃ・・・何故このようなことに・・・」
「それで、筑前、悪いのは侍従か、権中将か?」
「ち、中将様にございます。」
「おのれ筑前、元はと言えばそちが三七郎が唆したものであったろう。」
「三人とももう良い。それぞれが自白したことでもあるし、もう詮議の必要もあるまい。ここにおられる諸侯の仲で、異議のある者はおるか?」
全員、何も言わない。
「では、今さらだが、裁きを申し渡す。ここにいる三名は斬首とし、一族郎党は追放とする。なお、それらの者を召し抱えることは、厳に禁ずる。」
「はっ!」
「では、引っ立てい!」
こうして、稚拙な反乱撃は幕を閉じた。
『それにしても、何故あれで成功すると思ったのじゃろう。』
『時間をかければ成算はあったさ。ただ、反撃が早すぎたからな。』
『確かに、根回しには時間がかかるものぞよ。』
『手順は間違って無かったな。しかし、内府の欲の無さは計算外だったんじゃないか?』
『麿が寝返ると思われたのでおじゃるか?』
『時間をかければな。』
『この贅沢好きの面倒くさがりにでおじゃるか?』
『今日はなかなか物分かりがいいな。』
『そちの褒め方は、いちいち嬉しく無いぞよ。』
『そりゃどうも。』
こうして再び、泰平の世は戻る。




