秀吉の密使
さて、まるで兼定の大坂到着を見計らうかのように、秀吉から使いが訪ねてきた。
「お目通りが叶い、大変光栄にございます。それがし、羽柴筑前守が家臣、蜂須賀小六にございます。」
「おうおう。そなたが筑前殿一の家臣と名高い小六殿でおじゃるか。名はかねがね聞いておるぞよ。」
「これは。内府殿にまで名が知られているとは、光栄の極みにございます。」
「しかし、筑前殿も三七郎様（信孝）もまだ大坂に来られていないご様子。早く上様を見舞われたが良いと思うがのう。」
「はい。ご両名とも出先で知らせを聞いた故、こちらに来るのが遅れているのでございます。失礼をばいたしました。」
「ならば仕方無いのう。そちの立場では見舞うことは叶わぬ。麿が代わって事情をお伝えいたそう。」
「これは有り難いことでございます。」
「では、急な長旅で疲れたでおじゃろう。この屋敷で良ければ、主が来るまでゆるりとしていけば良いでおじゃる。」
「いやしばらく。実は主より、重要なお話がございまして。」
「ほう、重要とな。申してみよ。」
小六は素早い動きでにじり寄り、耳打ちするように話し出す。
「はい。我が主は、上様万が一の場合は、侍従様（信孝）とともに立つ肚を決めております。これに伊勢の権中将様（信雄）とまだ名は明かせませぬが、東国の大名も複数、加わる手筈となっておりまする。これに内府様が加わるならば、東西から挟み撃ちの形となり、実際に戦わずとも、勝利は間違い無いものとなりましょう。」
「麿に加われと？」
「はい。内府様が義理堅いことはつとに知られたことではございますが、今のままでは、泰平の世は一時のこと。」
「ほう？何故そう思うのじゃ？」
「上様には武勇と知謀があり、日の本を様々に変えて参りました。しかし、それに反発する者の声はそのままにしております。このまま上様がお隠れになった後、若い勘九郎様にそれをお治めになるお力があるとは思えません。」
「それを何とかするのが一族や盟友、直臣の役割でおじゃろう。」
「そこで、侍従様と我が主でございます。」
「つまり、幕府を倒すのでは無く、次の上様を三七郎殿に、という訳かのう。」
「戦など既に無用でございます。我が主もさほど戦好きではございませんゆえ。」
「一つ聞くが、筑前殿に付いた者共は、全て即答したのでおじゃるか？」
「もちろん、皆がそうであった訳ではございませんが、東北の仕置きで不満を持つ者は東国に多くおります。それは、織田家に長く仕えた者であってもです。」
「なるほど。しかし、麿は不満がない西国の大名ゆえ、即答は控えるぞよ。」
「はい。しかしこのこと、くれぐれもご内密にお願いしとう存じます。」
「幕府を倒すのが目的でないなら、それは織田家中の話。少なくとも麿は中立ぞよ。」
「これは有り難い。それだけでも充分でございます。さすがは内府様でございます。」
小六は小躍りしながら帰って行った。
『単純なものだな。』
『あれでよかったのでおじゃるか？明確に拒否した方が良いと思うぞよ。』
『いや、ただのお家騒動なのか、一条を嵌める企てかが分からん。情報をもう少し集めるために態度を保留しておくべきだ。』
『じゃが、上様に知らせない訳にはいかんのう。』
『病人には酷だが仕方無いな。しかしこんな世の中だ。想定内ではあるだろう。』
『では、知らせてまいろうかの。』
『いや、栄太郎を使え。』
『麿ではダメなのでおじゃるか？』
『すでに内府には監視が付いているはずだ。栄太郎なら、ここではさほど名が通ってないし、徳姫を伴えば誰も疑いはしないだろう。』
『しかし、麿が行かないのも不審がられるぞよ。』
『そう思いたい輩にはうってつけじゃないか。』
『わざわざ内紛を誘発するのも、気が引けるでおじゃる。』
『膿は出さないと、栄太郎の代に困るぞ。』
『分かったぞよ・・・』
その後、栄太郎と五徳、松を呼んで事情を説明し、栄太郎が信長の元に使わされ、事情を説明した。
同時に阿波から官兵衛を呼び寄せることとした。
「そうか。栄太郎よ、よく知らせてくれたな。」
「当然のことでおじゃります。それで、ご命令あれば一条は動きまするが。」
「良い。力ある者が儂の後を継ぐのは当然だ。勝った方が将軍でも何でもなれば良い。」
「畏れながら、父はそのようには考えておじゃりませんでした。有象無象に手を借りると、織田家にとって碌なことは無くなると。」
「・・・そうか。そうかも知れぬな。」
「かつての幕府のように、重臣が政に介入し、好き勝手したような状況にしてはなりませぬ。」
「そうです父上。嫡男が継ぐ。この順序を資質ではなく家臣の多数派工作などで変えて、良い事などあるはずがございません。」
「では、左近殿に伝えよ。そなたに任すと。」
「畏れながら上様、もし、上様がそうおっしゃることがございましたら、こう返すよう、父から言われておりまする。」
「良い。申してみよ。」
「麿の知る弾正殿なら、すぐに起き上がって不遜な輩を叩き潰すはずじゃ、と。」
「ははは・・・ 奴は変わらんな。そうだな、では、すぐに関東に向け全軍を起こせ。儂の天下を乱そうとする者共にもう一度、その恐ろしさを教えてやろう。」
