天守から湖水を望む
宴も終わり、日の本の大名を統べるという目的は果たされた。
年が明ければすぐに幕府を開く動きが本格化し、兼定も巻き込まれるのだろうが、それはもう少し先だ。
兼定は信長に誘われ、安土城の天守最上階にやって来た。
ゲームのエンディングで見た光景だ。
夕陽に映える湖面を見下ろすアングルは、とても幻想的だ。
「見事な夕映えでおじゃるな。」
「そうだな。一点の曇りすらない。朝日も良いが、安土ではやはり夕陽だな。」
「これほど見事なら、自慢したくもなるでおじゃる。」
「さすがの左近殿でも感心したか。」
「これは世辞抜きじゃ。まこと浄土への道が開いておるのう。」
「まだ行くなよ。楽しみはこれからだ。」
「そうよの。まだこの先の行方を見守らねばならぬからのう。」
「そういうことだ。だが、この風景をそなたと見たかった。」
「初めて会った時に描いた光景と同じであったかの?」
「それ以上だ。」
「ならば、弾正殿の造る世も、想像以上のものじゃのう。」
「そう願っていてくれ。」
二人は縁に座り、僅かに残った夕陽を眺める。
しばし、無言の時が流れる。
もちろん、互いにどんな思いが去来しているかは分からない。
しかし、それでいいのだろう。二人に言葉はいらない。
「初めて会った時は、今くらいの時期だったか?」
「井之口で落ち鮎を食ったぞよ。」
「はっはっは!全然違うな。」
「全く、弾正徒のも麿に負けず劣らず、いい加減じゃのう。」
「そなたも大概だがな。」
「麿のことは置いておくでおじゃるよ。」
「しかし、本当にあれからだったな。儂の快進撃が始まったのは。」
「まあ、快進撃が始まるのを分かっていたから、あの時尾張に行ったのじゃ。斎藤に会わずにのう。」
「そなたの言葉で家臣の儂を見る目が変わった。そして、そなたの四国での評判を聞いてさらに変わり、儂が尾張を平らげた辺りからは誰も疑わんようになった。」
「皆、驚いたじゃろうな。」
「ああ。前の公方様が討たれたのも、美濃が落ちたのも、公方が来たのも、伊勢に攻めたのも、上洛したのも、全て当たった。まるで実際に見てきたようにだ。」
「神も、実際には見ていないらしいぞよ。人伝手ならぬ神伝手なのだそうじゃ。」
「そなたらには幾度も助けられた。」
「もう歴史は散々変わったらしいからの。さすがの神も知らない世界になったそうじゃ。」
「ならば、その神は本物だ。」
「そうかのう。麿は単なる悪霊か、狐が化けたものくらいにしか、思うておらんのじゃが。」
「ああ。正直に語り、一条のためを思ってくれているのだろう。それが本物で無くて何だと言うのだ?」
「しかし、品性下劣での。」
「ハッハッハ!愉快で良いではないか。一度会って見たいものだが、叶わぬことなのだろうな。」
「弾正殿は、げに恐ろしいと常日頃から言っておるぞよ。」
「そうなのか。じゃあ、よろしく伝えておいてくれ。何度も助けられて、礼を言っていたとな。」
「大丈夫でおじゃる。今、酒はほどほどにと言うておるぞよ。」
夜の帳が降り始めている。冬の夕暮れは本当に綺麗で、そして一瞬で終わる。
「左近殿とこんなに話し込んだのは、久しぶりじゃな。」
「そうかのう。麿は息子よりよく話しておるぞよ。」
「ふざけた戯れ言はな。」
「あれは戯れ言でおじゃったか・・・」
「まあ、左近殿と酒を飲むと、真面な話にはならんからな。」
階下から、二人を呼ぶために小姓がやって来る。
「では、今晩こそ、酒を酌み交わしながら麿が真面目な高説をぶつでおじゃる。」
「それは一興だな。」
「一興とは酷いでおじゃるよ。」
「どうせ今晩もまた、ドンチャン騒ぎに決まっておる。」
「麿の有り難い言葉は、静かに聞くでおじゃるぞ。」
「ああ。そちの真面目な話など初めてだから緊張するな。」
「な、何と・・・今日は夕陽以外、良い事無しじゃ。」
「ほらな。戯言は良いからそろそろ参るぞ。」
この二人も、何だか噛み合ってるのかそうで無いのか判然としないが、こうして歩んできた年月が産み出した絶妙な間合いだと考えると、悪くない。
二人は立ち上がり、夕闇を背に、今日も祝いの宴へと向かう。




