兼定、またハッタリをかます
天正5年(1577年)12月20日
この日、信長は安土城二の丸御殿に日の本中から大名達を集めていた。
東国の諸侯は、ついこの間まで戦をしていた者達である。
兼定はというと、宇喜多や別所といった、ちょっと懐かしい顔ぶれたちとキャッキャしている。
本当に仲が良さそうで何よりだ。
もちろん、一条家臣のうち、大身の島津義久や長宗我部元親、息子の香川房景や一条房時までいる。
そして、いつの間にか安芸国虎が隠居して、若い国晴が当主として来ている。
そして、呼び出しがあり、諸侯達は所定の場所に座る。
そこには厳然とした序列があり、盟友と呼ばれる兼定たちは最前列に、最後列の陪臣たちは石高順に並んでいる。
そして信長の出座とともに、皆は静かに頭を垂れる。
「皆の者、遠路大儀であった。儂がこの日の本を統べる織田弾正忠三郎である。面を上げよ。」
全員が一斉に正座する。
「儂は天下布武を掲げ、この日の本の津々浦々、余すこと無く平定した。ここにおる者は皆、儂に従うことを誓った者のみと考えておるが、それに相違無いな。」
無言は承認である。
「儂が目指す世は、武士が国を営み、戦のない世である。これを乱す者は儂が、儂の手によって必ず叩き潰す。そちらもこのこと、ゆめ忘れるでないぞ。」
「はっ!」
「これまでは、幕府に力が無いばかりに世が乱れ、これを誰も治めることができなかった。儂を除いてな。儂は足利とは違う強い棟梁を目指す。そして歯向かう者には一切の容赦をせぬ。これからは一切の私闘を禁ずる。皆はそれぞれの領国を豊かにすることのみに邁進せよ。」
「はっ!」
「では、中納言殿、儂に一言祝いの言葉でもくれぬか?」
「任せるでおじゃる。」
「諸侯よ良く聞け!この最前列に座するは、この儂が真に信頼する大名よ。中でも一条中納言殿はその筆頭で、神の如き知恵者よ。その者の言葉を聞き、時代の変わりようを肌で感じよ。」
「では、高い所から失礼するでおじゃる。」
兼定は立ち上げると、諸侯らの方に向き直る。
「げに大勢おるのう。しかし、これが上様が成した事の大きさと、この国の広さよ。その津々浦々を領する皆に申し伝えるゆえ、心に刻むが良いぞよ。」
いつもより声のトーンが低い。
こういうところはさすがの公卿である。
「麿が上様と初めて出会ったのは永禄三年の秋。まだ上様も尾張、麿も土佐と伊予を持つのみでおじゃったが、織田家中の者はその時のことを覚えておるでおじゃろう。麿はその時に予言した。この織田弾正様こそ、日の本を統べる者となるであろうとの。麿がわざわざ遠い土佐から尾張に出向いたのも、そのことを伝えるためよ。そしてその通りになった。何せ、麿は神憑きで、先の事が全てお見通しじゃからのう。その麿が再び言う。織田の世はこれから長く続くと、そして、それを害そうとするいかなる企みも潰えると。この中には未だ乱世の夢から覚めず、あわよくば領地を天下をと考える不遜の輩もおるであろうが、諦めることじゃ。織田家の天下は揺るがぬ。嘘と思うなら試してみるが良い。上様御出座の前に、一条が相手になってやるから、朝敵になる覚悟で来るがよいぞよ。」
兼定は居並ぶ諸侯を一瞥して再び着座する。
「まこと見事な口上、感謝するぞ。まあ、そこまで脅さずとも良かったが、皆も分かったであろう。織田と一条、徳川、浅井、大友が力を合わせれば、他が一つになっても、まるで相手にならんぞ。儂はその力をもって強い幕府を作る。そして、二度と乱れぬ国を作る。今はそれだけ分かれば良い。」
それから、各諸侯が誓約の証文に署名する。
もちろん筆頭は兼定だ。
勘違いとハッタリから始まったボタンの掛け違いも、ここまで来れば立派である。
そして、しばしの休憩の後、同じ広間で宴が催される。
上座の中央に信長と、家督継承を控える信忠が座るが、下座最前列は兼定と家康、兼定の横は宗麟で家康の隣は長政と、何とも不思議な並びである。
さらに宴がはじまると、兼定は家康とともに上座に呼ばれる。
これではいつものドンチャン騒ぎと何ら変わりない。
「いやあ、今日の日を迎えられて儂は満足じゃぞ。さあ二人とも飲め飲め。」
「はい。それではありがたく頂戴いたしまする。」
「しかし、顔も知らぬ者たちからの挨拶で、疲れ切ってしまったぞよ。」
「そうだな。皆、初対面か仇敵という者が多いだろうからな。おいっ!サルよ、何か面白いことやれっ!」
「承知っ!」
困った時の秀吉である。
得意のナントカ踊りを始め、織田家臣を中心に、やっと場が暖まり始める。
程なく、不興を買いたくない外様連中も踊り出す。
「そうそう、宴はこうでないといかん。皆も歌え、踊れ!」
「これが泰平の世でおじゃるな。」
「ああ。これが儂の夢見た世界だ。」
「では、麿もそれに加えてもらおうかの。」
兼定も立ち上がり、千鳥足で踊りに加わる。
新しい世の始まりか・・・
楽しげな喧噪は、止むこと無く続いた。




