暑い日はのんびりする
季節はすっかり夏だ。
都では、宗太郎の婚儀が行われるということで、栄太郎夫妻と実母である松を行かせた。
栄太郎にとっても久々の都だし、徳も父に会えるからというのが理由だ。
菊と万千代はもちろん、新徳丸やお浜も都に行ったので、御殿には兼定と秀、二人の幼児しかいない。
兼定も都に行けばいいのだが、どうせ近々呼ばれるだろうからと松山に残って仕事をしている。
そして、今日は兼定ものんびり休んでいる。
夏も冬も動きが鈍る男なのである・・・
縁側で家族四人、茶を飲みながら寛いでいる。
「もう、みんな都に着いた頃よのう。」
「そうですね。皆、久しぶりに会えるのを楽しみにしていましたね。」
「そうじゃのう。お峰も宗太郎もきっとはしゃいでおろう。」
「新婦を置き去りにしてなければ良いのですが。」
「大丈夫じゃ。新徳丸とお浜はその点、抜かりない。心配なのは、子の躾けがなっておらぬと総領様が怒り出さぬかじゃのう。」
「賑やかですからね。」
「その点、新徳丸はほぼ抜かっておる。」
「誰に似てしまったのでしょう。」
ここにいる二人の子である・・・
「まあ、子供は元気が一番じゃ。あれで良い。」
「そうでございますね。ここの二人はどうでしょう。」
「満で二歳じゃからのう。もう、何となく分かってくる頃合いじゃの。」
「寝ている時だけは静かでございます。」
「まだ都に行ってはダメなやつじゃの。」
「そうでございますね。」
「しかし、一条らしい子たちじゃ。」
「そうですね。この子達は、戦を知らずに育つのでしょうね。」
「そうじゃのう。まあ、栄太郎と次郎右衛門しか知らぬと言えば、そうであるが・・・」
「それで、奥州の戦は終わりそうなのでしょうか。」
「秋までには終わるであろう。恐らく、年明けに大名の配置が決まり、その後、日の本中の大名が呼ばれて臣下の礼を取ることになるじゃろう。それで終わりよ。」
「そうですか。私たちは、勝ち残ったのですね。」
「まこと見事な振る舞いじゃった。そなたとお松がおらなんだら、とても成すことはできなかったであろう偉業よの。」
「私がこの家に来たときは、まだようやっと松山を手にしたばかりでした。」
「あっという間であったの。しかし、よく働いたご褒美に、これからは皆でのんびり楽しく暮らすことができると思うぞよ。」
「そう、願っております。」
既に織田軍は南部や安東を攻めていると知らせがあった。
おそらく秋には蝦夷地に至るだろう。
「しかし何じゃの。蝉が鳴くと余計に暑く感じるのう。」
「とても風情がございますね。」
「ヒグラシなら、風情があって好きなのじゃがのう。」
「まあ、鶴がお目覚めでございます。」
「では、新しいおしめを取ってくるかの。」
「申し訳ございません。よろしくお願いします。」
起きた子供は女中たちに預ける。
これからおやつに果物が出てくるだろう。
『こういうゆったりとした時間が、麿の夢でおじゃった。』
『そうだな、応仁の乱から百十年で訪れた泰平の世だ。』
『まだ一部で燻ってはおるがのう。』
『四国など、十年以上戦が無い。土佐に至っては二十年近い。』
『さて、これからどうなるかじゃのう。』
『先ほど中納言が言っていたような流れになるんじゃないか?我らは足下とを掬われんよう、固めていくだけだ。』
『そうよのう。宗太郎の婚礼もその一環じゃ。』
『そういうことだ。峰も母になればさらに強固になる。』
『まだ十四じゃからのう。もう少し先じゃの。』
『これからは、武力以上に一族の結束が重要になる。』
『せっかく今日はのんびりしておるのじゃがのう。』
『のんびりしててもいいさ。ただ、そういう時に思い付いたことを忘れなければ。』
『記憶力は麿の自慢の一つじゃぞ?』
『いいな。その程度で自慢できて。』
『妬くでない、疑うでない、誹るでないぞよ。』
『何か凄いことを言い出しそうな雰囲気を出してきたな。』
『そうじゃろう。これで幾多の知恵者を返り討ちにしてきたぞよ。』
『まあそうだな。ほとんどこれ一本で生き残ってきたと言っても過言ではないからな。』
『一本というのは語弊があるが、常に格上を手玉にとって僅かな機を逃さぬ研ぎ澄ました感覚で生き残ってきたのは事実じゃ。』
記憶力にはまあまあ自信があるが、そんな事実、あったっけなあ・・・




