鞠の輿入れ
さて、9月に入り肥後から長宗我部夫妻と嫡男信親が松山にやって来た。
鞠の輿入れに先立つ挨拶のためである。
その後、祝言は肥後で行い、栄太郎と実母の松、縁者の秀が出席する。
兼定は残って仕事だ。
本来なら父が行くべきなのだが怖いのだ。栄太郎の顔が・・・
「よう参ったの宮内少輔殿、奥方、弥三郎殿。」
「これは出迎え痛み入ります。お鞠殿もお久しゅうございます。」
「不束者ではございますが、何卒よろしくお願いします。」
「弥三郎殿は初めてでおじゃったな。」
「はい。御所様、奥方様、叔母様、鞠殿、弥三郎にございます。以後、お見知りおきを。」
「うむ。それでは客間に案内しようぞ。」
兼定は庭園に面した南丸迎賓館に彼らを招く。
「今年は米の出来も良かったと聞くぞよ。」
「はい。嵐も来ず、大変喜んでおります。」
「そう言えば、隈本では大きな天守閣を作っておるそうじゃのう。」
「はい。御所様の城より大きいのは気が引けておりますが、あそこは高い山が無いので、その分高いものを建てております。」
「良い良い。存分にやるが良いぞ。」
「有り難きお言葉に存じます。てっきり叱られると思っておりました。」
「五層五階じゃからの。下見板張にしたとか。」
「はい、漆を塗っておりますので、なかなか美しいですぞ。」
「四国には白い城しかないからのう。そういうのも良いの。」
「禄に見合った城になったと思います。ただ、整地や石垣の作業量が多く、そこは苦労しております。本丸こそもうすぐ完成ですが、ほかはまだまだといったところでございます。」
「まあまあ、二人とも、お城の話しばかりではいけませんよ。」
「御所様も兄上も子供みたいでございます。」
「これは失礼したのう。そうよの。一番気にするべきは弥三郎殿と鞠のことよの。」
二人が庭園を散策しているのが遠くに見える。
「弥三郎様は数えで十二なのですよね。」
「そうじゃ。鞠殿は十五であったな。」
「はい。奥方様に似て、とても穏やかな姫様ですよ。」
「うむ。秀に似てなければそれで良い。」
「まあ兄上、酷い言いようですわね。」
「弥三郎もどちらかと言うと物静かな方でな。儂も登志も共にそうなのだ。」
「なるほど、麿と松もそうじゃぞ。」
「御所様まで・・・」
「まあまあ皆様、お手柔らかに。お秀も困っておいでです。」
「そういえば、弟君についてはご愁傷であったの。」
「はい。まだ三十五でございました。弥九郎も病がちで。二人とも若い時は元気だっただけに、何とも残念でございます。」
「まあ、無理は禁物よ。子だくさんは良いことじゃがのう。」
「はい。既に四男一女がおります。」
「これから元服が続くのう。」
「はい。来年は千代丸の元服と名和家への婿入りがございます。」
「ほう、肥後の名族よの。上手くやったものよの。」
「はい。[は]の城を認めました。以前の宇土城を再度整備させます。」
「なるほど、そういう手もあるのか。」
「お屋形様、見て下さいまし、二人はとても仲睦まじく見えまする。」
「おお。気付かぬうちに近くまで来ておったか。初々しいのう。」
「私たちも輿入れが初対面でしたものね。思い出します。」
「麿と松も初々しかったぞよ。秀は・・・」
「そのお話しは、お忘れいただけると・・・」
「やはりな・・・」
「兄上はいつも通り、静かにしておいて下さいまし。」
そして、夕餉は御殿に招き両家で食事会と相成った。
「弥三郎殿はイケる口かの。肥後には行けぬゆえ、ここで一献。」
「お義父上、かたじけのうございます。」
「それで、どうじゃったかのう。」
「御所様、いきなりそれは・・・」
「そうじゃったの。失礼したのう。まあ、鞠をよろしく頼むでおじゃるよ。」
「はい。大切にいたしますゆえ、今後ともよしなにお願いできればと存じます。」
「弥三郎殿、麿からもよろしゅうお願いするぞよ。」
「これは若様。勿体なきお言葉にございます。」
「これからは義兄と呼んでくれると嬉しいのじゃがのう。」
「何じゃ、栄太郎のくせに偉そうな・・・」
「良いではおじゃりませんか。せっかく義弟ができたのですから。」
また兼定と栄太郎がゴチャゴチャ始めてしまう。
本当に同レベルだ・・・
「一条の食卓は、賑やかでございますな。」
「とてもお恥ずかしいものをお見せしております。」
「いや、私も楽しいと思う。うちは口下手が多い。」
「わ、私も口下手でございます・・・」
そうだったっけ?
まあ、とにかく長宗我部一家は半月ほど滞在し、祝言に出る栄太郎らとともに肥後に帰って行った。




