隠居の画策
兼定は政務所に宗珊を呼ぶ。
「これは御所様、急なお呼びで。」
「うむ。今朝、栄太郎たちと話をしてのう。麿の隠居を考えることにした。」
「何と!それは一体・・・」
「栄太郎も既に子を持つ親ぞ。跡継ぎもおる。」
「これまた急な話でございます。家中は大きく動揺いたしましょうし、反対なさる者も出てまいりましょう。何より御所様はまだ三十三、隠居するには早すぎますぞ。」
「もちろん、今すぐという訳ではないが、早めに公にし、準備を進めることで、来たるべき時に備えることは、悪いことではおじゃらぬ。」
「まあ、そういうことであれば、綿密に準備をする必要がございますな。」
「何より、宗珊がいるうちに代替わりをしておきたいのじゃ。」
「確かに、それがしもとっくに隠居していておかしくないですからな。」
「当主と筆頭家老が同時に代わったら、目も当てられんであろう?」
「ならば、御所様が長く続ければ良いのでございます。」
「別に、麿は後見人で構わぬでおじゃろう。」
「それは、神のお告げでございますか?」
「もちろんそうじゃ。それが吉と出ておる。」
「そういうことでございますれば、家臣達も納得するでしょう。」
してしまうんだ・・・
「時期としては、北条と上杉を片付けて以降、万千代が元服するまでの間じゃ。」
「なるほど、よい塩梅かと。」
「準備は慎重かつ入念に、決行は素早く、でよいかの?」
「代替わりで変わることといえば、妻の実家が織田に変わります。」
「長宗我部には鞠が嫁ぎ、栄太郎は松の子じゃ。宇都宮も心配あるまい。」
「確かにそうでございますな。」
「宗珊が隠居したら、どうなるのじゃ?」
「恐らく、一時的にそれがしの子、左衛門を筆頭に立て、孫とお雅様のお子が元服した折をみて、家老を交代させ、左衛門とひ孫で領地を見ることになりましょう。」
本当なら、代官を置きたいのだろうが、土居家だって家臣の数は足りてない。
「では、宗珊はずっと松山にいてくれるのじゃな。」
「はい。それか中村に。」
「そうよの。行ったことの無い鹿児島で余生というのものう。」
「はい、できれば御所様のお近くに置いていただければと願っております。」
「麿もその方が心強いぞよ。」
その時、奥から誰かが近づいて来る物音が・・・
「何じゃ。」
「はっ、申し上げます。ただ今、織田家より書状があり、至急援兵を願うとのことでございます。」
「ついに来たかのう。帰って来てまだ二ヶ月でおじゃるが・・・」
「やむを得ませんな。すぐに兵を集めるよう下知いたします。」
「それで、一条はどこに進軍と書いておじゃるか?」
「小田原の城攻めを任せたいと。」
「ならば鉄砲と大筒じゃのう。四国勢だけで出る。」
「御意。」
こうして4月10日、四国内各所に動員令が出され、同30日には、陸兵二万と水軍四千が淡路に集結した。
副将は宇都宮豊綱と伊東祐兵。これに軍師官兵衛、江村親家、保科正直、真田昌幸、香川房景、土居清良という、「数だけは揃えました」的な布陣を敷いた。
5月8日には都を通過し、駿府には23日に到着した。
やはり輜重隊付きの大軍では進軍に時間がかかる。道中で織田や徳川家の協力があってもこれだ。
ちなみに、織田軍は3月末に動員を掛け、4月から北条領に雪崩打っていた。
第一軍は信長が率いる畿内兵と徳川勢八万で東海道から攻め込み、第二軍は明智光秀率いる丹波、美濃、飛騨、信濃の軍勢およそ二万五千が信濃小諸から上野国へ侵攻した。
第三軍は織田信雄、羽柴秀吉率いる伊勢、紀伊、伊賀、甲斐の軍勢二万五千で甲斐大月から武蔵八王子方面に攻め込み、第四軍である一条と第五軍である丹羽長秀率いる合わせて六万が小田原城攻めに投入される訳である。
「どうじゃ次郎よ、初陣が近いのじゃが、戦場の空気は。」
「はい。皆が稽古しているところは見たことがございますが、それとはまた、違うものでございます。」
「うむ。そうじゃの。まだここは戦場より遠いからこの程度じゃが、皆が戦支度をしたらさらに変わるぞよ。」
「はい。父上に倣い、一条の一翼となれるよう、全力を尽くします。」
「まあ、そうじゃのう。しかし、将であるからには無理はいかんぞよ。それに、初殿との婚儀も控えておるからの。」
「はい。妻と香川の家にも良い土産を持って帰ることといたしましょう。」
「すでに織田・徳川の隊が露払いをしてくれておる。我らは伏兵に気を付ければ良いだけでおじゃるが、道中は狭い山道じゃ。ゆめ、油断なきように。」
「はい。」
「それにしても、武家言葉が随分板に付いてきたのう。」
そして、一条軍は既に織田方が制圧している箱根峠を越えて相模に入り、28日に早川沿いの風祭(小田原市)に到着し、陣立てを開始した。
すでに、信長からは北条方からの和議を受けないように指示を受けている。
城内に公方様がいるかどうかは知らないが、匿った者に対する制裁なのだろう。
こうして、国内最強を誇る城を攻め始める・・・




