家族の結束も固めないと・・・
さて、三代目万千代が生まれて二ヶ月が経ち、鶴と日吉丸も一歳を過ぎた。
何か、いつも幼児がいる一条家であるが、平和な時期こそ家族の結束を固めておく必要がある。
何と言っても、栄太郎の妻は五徳であり、その父はあの癇癪持ちの御仁だからである。
五徳の地位はとても安定している。
既に跡継ぎをもうけているし、側室もいない。
かなり気の強い女性であるが、栄太郎があの様子なので、喧嘩にもならない。
史実では、男子ができないことで家中の軋轢や彼女へのプレッシャーもあったのでは?との説もあるが、彼女の言動が信康を追い詰めたことは事実だろう。
今は織田家との関係も良好だし、少々のことならマブダチ兼定が取りなせば何とかなりそうな気もするが、婚家を動揺させるために妻を使うのは、この時代の常套手段であるし、それは兼定没後に、ということだってあり得る。
実際、その気になればいつでもできることだし、そうなれば、家臣団は簡単に親織田と反織田に割れてしまうだろう。
だから、そうならないような地固めが必要なのである。
ということで、栄太郎親子の居室を訪ねる。
とはいうが、同じ御殿の中ではある。
「おじいちゃんがまいったでおじゃるよ~」
部屋の中は栄太郎一家が揃っている。
父は二歳の娘に係りっきりのようだ。
「父上、母上、お鶴たちまで。」
「うむ。より賑やかな方が良いと思うてのう。迷惑じゃったかのう。」
「いえ、迷惑などあろうはずもございませぬ。歳も近いですし、仲良くして下さると有り難く存じます。」
「それにしても、万千代はすくすく育っておって、麿も一安心ぞよ。弾正殿もさぞや喜んでおるでおじゃろう。この子が元服する頃には麿も隠居できるかのう。」
「父上、また麿に仕事を押しつけようとしてるでおじゃりまするね。」
「そ、そのようなこと、あるわけ無いでおじゃろう。その頃には麿も45じゃ。隠居してても全くおかしくない歳でおじゃるよ。むしろ、もっと早く後事を託したいくらいぞよ。」
「しかし、仕事量が多すぎますぞ。」
「今は家臣も少なく、戦も多いからこうなっておるが、これがいつまでも続くものではないぞよ。それに、弾正殿も菅九郎殿に家督を譲ると言っておった。そなたと二つしか歳は違わぬぞよ。」
「しかし、弾正様は父よりずっとお歳が上でおじゃります。」
「親の歳より子の歳じゃ。いつまでも父に頼りっきりではなく、織田の若殿を見習うべきじゃの。」
コイツ、自分のことを躊躇無く棚に上げるな・・・
「そうですよ。父が後見をして下さるでしょうから、父が元気なうちに家の舵取りを始めた方が良いのですよ。」
「不肖、秀もそう思いますよ。私の兄も、突然に父を失い、家中をまとめるのが大変だったやに聞きますから。」
「そういうことじゃ。宗珊が隠居する前に、そなたが立った方が良いの。」
「それは・・・そうでおじゃりますが。」
「五徳殿も、一条の奥方として采を振るってみたいでおじゃろう。」
「それは、大変名誉なことではございますが。」
「そなたら夫婦が表に出るというのは、一条と織田の関係を世に知らしめるのに必要なことじゃ。両家のためにも、不届き者に対してもじゃ。」
「確かに、おっしゃる通りにおじゃります。」
「万千代のことは任せてたもれ。栄太郎の代わりに麿が存分に可愛がってやるからのう。」
「やっぱり父は遊びたいだけではおじゃりませぬか!」
「これこれ、子の前で声を荒げるではないぞよ。」
「フフフッ、栄太郎様、この戦、御所様の勝ちでございますよ。」
「そうじゃ。栄太郎は徳殿に戦の仕方を習った方が良いの。」
「父上・・・」
「御所様、ばあやにも万千代をお譲りください。」
「そうじゃの。松も秀も存分に愛でてやるが良い。あちらの三人は仲良うやっておるの。」
そう、菊、鶴、日吉丸はいつも一緒に遊ぶ仲だ。
「しかし、こうして皆様に良くしていただき、徳は果報者にございます。」
「何か足りぬ事があれば、何でも遠慮無くこの中の誰かに相談するのじゃ。特に子が二人居ると大変じゃし、男児は難しいとも聞く。その点、松も秀もおって話しやすいはずじゃからのう。栄太郎など全く頼りにならんでの。」
「父上、麿は父を見てこのように育ったのでおじゃります。」
「はて?そうじゃったかのう。勇猛果敢で勤勉謙虚な麿の血は、どこに行ったのでおじゃろう。」
もちろん、そんなものは初めから存在しない。
「御所様、そのくらいに。栄太郎が小さくなってしまっております。」
「そうじゃの。今日は万千代を愛でるために来たのじゃからのう。それにしても、元気じゃのう。」
「はい。よく笑いますね。」
「これは徳殿に似たの。きっと快活な良い子に育つぞよ。」
「有り難うございます。」
「夫婦は仲睦まじいのが一番。子はかすがいじゃ。」
「はい。よく心掛けるようにいたします。」
「うむ。妻二人と仲睦まじい麿から見ると、五徳殿なら安心じゃ。」
「父上、麿は?」
「栄太郎はもっと精進して、徳殿を大切にせねばのう。麿の代わりに家を切り盛りする気概も必要でおじゃる。」
「まあ、さすがは御所様でございます。」
とにかく、この日の兼定は言いたい放題であったが、この分なら家族が揺らぐ心配はあるまい。




