お峰の婚儀
さて、都まで帰還した兼定は、ここまで従ってくれていた諸将と別れ、代わりにお松やお秀たちを呼び寄せた。お峰の婚儀のためである。
年が明けた1月16日、松山から秀たちが到着し、その間に婚儀の準備も整う。
今が臨月の徳と、戦後の論功行賞に忙しい栄太郎に菊、薩摩のお雅こそ来られなかったが、鞠、幸寿丸、浜、新徳丸に香川次郎右衛門や、赤子のお鶴と日吉丸までやって来た。
久しぶりの家族ほぼ集合に、峰も宗太郎も喜んでいた。
そして2月1日、二条晴良の四男信房との婚儀を行う。
彼は昨年末、満十歳になったばかりである。
史実では信長から一字拝領を受けて鷹司家を再興し、江戸時代初期に関白になった人である。
式は嵐山に近い野宮神社で行われ、牛車でパレードしながら二条家の屋敷に帰ってきた。
さすがは、今最も勢いのある二条家の婚礼である。
過度な派手さは無いが、かなり上品で金の掛かったものであった。
そして、披露の宴には目の前に住んでいる信長もいる。
そして、今日の兼定は特に役目は無く、気楽なものだ。
「お秀よ、峰の晴れ姿、どうじゃったかのう。」
「はい。とても綺麗でございました。母としてこれほど感極まったことはございませんでした。」
「そうよのう。初めての子じゃったからのう。」
「はい。それがまさか、摂関家に嫁ぐことになろうとは。亡き父たちもさぞや喜んでいることと思います。」
「そうじゃのう。とても名誉なことぞよ。」
「はい。本当に一条の家とご縁を結ぶことができて、幸せでございます。」
ちなみにここ数年、秀はデレっぱなしである。
「では、三人で関白様と新郎新婦に挨拶をしようかの。」
「はい。」
兼定たちは上座に挨拶に行く。
「本日はまこと見事な式と宴、まさに新郎と二条家に相応しい煌びやかなものでおじゃりまするな。」
「ホッホッホ、中納言殿。たまには都の料理を奥方達に食べさせてあげると良いぞよ。」
「確かに、地方では見ることの無いものばかりでおじゃりまするからのう。」
「さあさあ、松姫も秀姫もどうじゃろ。一献。」
「ありがとうございます。一献、いただきまする。」
「良いのう良いのう。まこと目出度い。それで中納言殿、分かっておろうの。」
「はい。もちろんでおじゃりまする。二条家のために讃岐大内に荘園を構えてございまする。」
「そちが反対したときはどうなることかと思うたが、こういうことじゃったのかと得心したでおじゃるよ。二条家だけ、というのはまさに名案。そちもなかなかにやるのう。」
「いえいえ、麿など関白様に比べれば、まだまだでおじゃりまする。」
「これからもよう頼みましたよぞ。」
「もちろんでおじゃりまする。」
「ホッホッホ!さあさあお秀殿ももう一献。」
「はい、ではいただきまする。」
傍で見ているだけで疲れる会話だ。
「お峰。あまりお酒には慣れていないのでしょう。無理はしなくて良いのですからね。」
「はい。母上。ありがとうございます。」
「しかし、まだ都で一年くらいなのに、随分しっかりしたのう。」
「父上、ここでの修養はかなり大変でございましたよ。」
「無理してはおらぬか。」
「いいえ。全ては今日とこれからのためでございますれば、峰は頑張ります。」
「そうか。さすがは秀の子じゃ。しかし、まだ蜜柑ばっかり食べているのではおじゃらぬか?」
「いいえ。漬け物は好きになりました。」
「うむ。まあまあ大人になってきておるのう。」
「とにかく、都の冬は寒いですからね。風邪など召さないようにするのですよ。」
「はい。ありがとうございます。」
「それと、右近衛少将殿(信房)殿と仲睦まじく、穏やかに暮らすのじゃぞ。」
「はい。」
「少将様、お峰をどうぞ、よろしくお願いいたしまする。」
「お任せ下さい。お義母様。必ずや三国一の果報者となってみせまする。」
「さすがよのう。夫婦も両家も安泰でおじゃる。」
こうして、宴は滞り無く終わる。
それにしてもこの男、悪い顔とおべっかだけは超一流である。




