大捕物
さて、町は警戒を強めた。
兵も徐々に集まってきて、土佐鬼組も到着するなど順次強化されているが、一足飛びと言うわけにも行かず、その間にまた一件放火された。
ただし、各所に配置している見張りにより、賊の目撃証言は得られた。
顔までは分からないが5人だという。
これで捕縛隊の人数は十名で確定し、彼らが一度に起こせる放火も最大五箇所と見て間違いないだろう。
最終的には兵二千が動員され、ほとんどは昼間郊外で訓練を偽装し、夜は町の外周を包囲する網の役目を負う。
捕縛隊は全部で40隊を編制し、町の各所に分散配置している。
これで、どこで起ころうがすぐに駆けつけることができる。
特に、次の新月の夜は要注意だろう。
そして、7月10日夜。
この日は曇っていて風も強い。
絶好の、いや最悪の条件だと思っていたら来た。
城から見て、北、西、南の三方から同時だ。
直ちに捕縛隊を向かわせるとともに、兵も街道や橋を封鎖する。
見張りも見つけ次第、追跡と伝令に別れて賊を捕捉する。
そして偶然にも土佐鬼組も賊に遭遇するが。大男が道を塞ぐと逃げ場など無い。
飛びかかってくる賊の一人をを鬼八郎が槍で叩き伏せ、もう一人も巨人たちに囲まれて袋だたきに遭い、あっという間に捕縛された。
残る二箇所もすぐに包囲網は狭められる。
北はまだほとんど町が整備されていない地域で、逆に言えば隠れるところも少ないので、そのまま囲まれて捕縛されたようだ。
南側は逆に逃げ隠れしやすいのだが、すでに全ての通りに兵が詰めている状況だ。
しかも騒ぎで住民は起きており、家屋に踏み込んでもすぐにバレるし、立て籠もりができるほど丈夫な家もない。
いや、この時代、人質の命を考慮する捕縛隊員などいないだろう。
こうして南で火を付けた賊は、消火中の住民に紛れようとしたのか、火災現場に戻ったようだが、全員顔見知りの住民である。
一人一人調べれば、いや、調べなくてもすぐに分かった。
賊が全員、"あの格好"をしていたからである。あんな服、堅気は着ない・・・
そして、5名全員捕縛し、翌日、奉行所にて取り調べが行われる。
何故か、尋問するのは奉行ではなく、兼定である。
「では一同の者、面を上げい。」
縄でグルグル巻きにされた五人は顔を上げ、こちらを睨む。
徹夜で取り調べをしていたからか、捕り物のせいかは知らないが、ボコボコにされている。
「さて、山下与五郎ほか四名は、昨夜木屋町、宮田町、柳井町で三件の火付けを行ったほか、四月二日に起きた二番町での火付けを始め、計十五件の火事も引き起こしたと調べにあるが、それに相違無いでおじゃるか。」
「お奉行様、何の証拠があってそのようなことを申されるか。我らはしがない旅の芸人。そのような大それた事、するはずがございません。」
「しかし、そなたらは昨晩、ともに外出し、それぞれ別々の火災現場近くで捕縛されたが、何故、五人それぞれが深夜、町を徘徊する必要があったのじゃ?」
「それは・・・このような大きな町は珍しいもので、その、見物を。」
「わざわざ真っ暗な夜にか?町なら昼間の方が見物には適しているじゃろう。」
「昼は仕事がありますもので、へい。」
「仕事とは、どこでやっておるのじゃ。」
「道後でございます。我ら、軽業師なもので。」
「しかし、夜にあの装束。まさに乱破そのものよのう。それで、生国はいずこか?」
「へい。近江長浜でございます。」
「嘘を申せ。この中にも先年、そなたらと戦った者はおるぞよ。伊賀者であろう。」
「な、何をおっしゃいますか・・・」
「そなたら、厳しい調べにも名前以外、ほとんど口を割らぬし、只者ではないでおじゃろう。それに被害者には関連も共通点もない。大した物も盗まれておらぬ。そこで考えたのじゃ。これは一条に対する恨みではないかとのう。」
「そんな。ここのご領主様に何故。」
「そのようなこと麿に聞くな。そなたらが一番よく分かっておるじゃろう。急ぎ伊賀に役人を寄越してそなたらの住居を割り出して見せるわ。伊賀は狭いし五人もおれば一人くらいはすぐに分かる。どうせ、同じ郎党なのじゃろう?」
「・・・」
五人は黙りこくる。
そりゃ、いくら方言は誤魔化せても、忍びの格好してりゃ分かるでしょ。
「それで、我らの出処を調べて何とするので?」
「もちろん、一族郎党連座させるためよ。火付けは重罪、まず、一人も例外なく打ち首でおじゃろう。」
「そ、それはお奉行様、あんまりでございます。」
「ほう?伊賀を探索すれば、一族郎党が見つかるのだな。」
「それは・・・」
「それに、この奉行をあんまりとなじるが、そなたらが殺めた者共は本来、何の罪も無く、そなたらに殺められる謂われも無かった者達じゃ。しかも女子供年寄り含めて皆殺しと聞く。当然、そなたらの妻子や親類縁者が同じ目に遭う覚悟ではあったのじゃろう?」
「証拠は、お有りで・・・」
「伊賀でそなたらの縁者が見つかればそれが証拠じゃ。このお白洲で嘘の証言をし、取り調べにも応じぬは、後ろ暗いものがあるからよ。それに今、宿帳を吟味しておるが、そなたらが来る前は、このような火付けは起こっておらぬぞよ。このそれぞれに言い逃れしたくば、この場でしてみい。」
「何卒、国元だけは・・・」
「素直に白状せんのであれば、罪はさらに重くなるぞよ。」
そりゃあ、現代の裁判じゃないからねえ。
しかしこれで、やり方はともかく彼らは自供を始めた。
松山に来たのは、先年の伊賀攻めに対する恨みを晴らす手始めに一条を選び、その後、都を始めとする織田領内で本格的な破壊活動を行うつもりであったとのこと。
そして、一軒づつ放火していたのは、風の強い日までは手順の訓練を行っていたそうで、昨晩が本番だったとのこと。
全員殺害していたのは、目撃者を残さないためだという。
「よう分かった。では、伊賀で山下の組の縁者を探させてもらうぞよ。」
「な、何とお奉行様、それでは話が違います。」
「はて、何のことやら。」
「先ほど、白状すれば罪が軽くなると。」
「言ってはおらぬぞ。言わぬと罪が重うなると言うたのじゃ。まあ、どっちにしても一族郎党連座には違いないがのう。そして、それは都であろうが松山であろうが同じことじゃ。」
「そ、そんな。お奉行様にお慈悲は無いのですか。」
「救いようのない者に慈悲を与える意味は何じゃ?麿にはさっぱり分からぬ。」
「この恨み、死んでも忘れぬ。必ず七代まで祟ってやる。」
「そなた、この一条中納言が神懸かりなのを知らんのか?まあ、知っておったら麿に挑戦しようなどとは思うまいな。では、これにて裁きは終わりじゃ。引っ立てい!」
こうして一連の事件は幕を閉じ、へっぽこ奉行の迷裁きは町の評判を呼ぶ。
「さて今回、火付けという由々しき事態に相成り、麿も手立てが遅れたこと、そして対策の不十分さを深く反省するに至った。そこでじゃ、此度捕縛隊を率いた者はいずこか。」
「はい。それがしでございます。」
「そうか。名は何と申す。」
「はい、矢野新五郎と申します。見回り方の頭をしております。」
「そうか。では、今回の働きにより、そちを火付盗賊改方とし、長谷河の姓と英蔵の名を褒美として与える。以後、職務に励むがよいぞ。」
「はっ!ありがたき幸せに存じまする。」
こうして、長谷河英蔵が爆誕するとともに、領内の主だった町には同様の組織が結成されることになった。
半次郎親分たち岡っ引きもこれに協力することとなり、領内の治安は強化されることになる。
『今回も神懸かっておったの。』
『相当危なっかしい感じだったがな。』
『しかし、何で長谷河なのじゃ?』
『歴史上、一番有名な取り締まり人の姓にあやかった。』
『そうか。そんな者がおったのか。しかし、半次郎に続き、またバッタもんが増えたでおじゃるか・・・』
『ちなみに、名奉行もいたぞ。』
『麿ほどではあるまい。』
もう、これ以上ない上機嫌である。
これだからお調子者は困る。
『まあとにかく、これで普通の生活に戻れるな。』
『最近、今一つ栄太郎の元気がないからのう。』
早く手伝ってやれ・・・




