現場検証をする
城に帰った兼定は、早速市中警備の者を呼び、夜間の巡回警護の頻度を増やすとともに、ここ一ヶ月に起きた火災現場の位置と周辺の聞き込みを行うよう、指示を出した。
そして、二週間後、中村から岡引半次郎親分がやって来た。
そこで、西の丸門の向かいにある町奉行所に捜査員を集める。ここは行政機関の中で唯一、城外にある施設と言っていい。
「おう半次郎よ懐かしいのう。あれから何年になる。」
「七年になりまする。」
「山路組の者も皆、元気そうじゃの。」
「はい。御所様の御前に参ることができ、皆、身が引き締まる思いでございます。」
「皆とまた会えて麿も嬉しいぞよ。その働きに期待しておるゆえ、松山の衆とともに、この一件を解決してくれたもれ。」
「はい。畏まりました。」
そして、捜査方針と捜査方法を各員に説明する。
まず、被害に遭った家周辺の聞き込みを行う。これは半次郎親分と山路組が手分けして行うこと。
目撃証言ほか、燃え方、住人の普段の様子や恨みを買っていなかったかなど、どんな些細なことでも報告するように伝えた。
次に、被害者の中で生存者がいないことを伝え、今後発生した場合は、その死因を検分すること。
三点目が、周辺の宿において、常連以外の者がここ数ヶ月逗留している者がいれば、氏名、団体なら人数、夜間の不在や朝帰りなどの有無を調べるよう命じた。
この時代だって宿屋くらいあるし、徒歩圏内に道後温泉があるのだ。長期の宿泊なんて珍しくもない。
最後に、これが殺害事件であれば、複数犯である可能性が高いので、単独捜査は行わないことと、一日一回必ず報告することを指示した。
そんな中、またしても火事があったので、翌朝になって兼定を向かわせる。
『だから何で麿が行かなくてはならんのじゃ?』
『半次郎でも不安だからだ。』
『じゃあ何でわざわざ呼んで来たのじゃ?』
『松山の岡っ引きでは話しにならん。』
『そりゃそうであろうが・・・』
『ここで事件解決してみろ。さらに神懸かりの名は確たるものになるぞ。』
『いい加減もうなっておるじゃろう。』
『それに、民のために先頭に立つ公卿。格好良くないか?』
『それはまあ、ちょっとは憧れるのう。』
相変わらずの兼定は現場に到着する。
「今回はまあまあ屋敷ではないか。」
「はい。被害に遭ったのは巽屋善兵衛という塩の商いをしている者で、一家七人が亡くなっております。」
「生き残った者はおらんのかのう。」
「はい。今回も全ての家人が亡くなっております。」
「それで、皆火に巻かれて亡くなったのかでおじゃるか。」
「それが、妻こうと言う者が庭で亡くなっており、明らかに刃傷があったとのことでございます。」
「ついに出たの。」
「はい。火付けで間違いございません。」
「では、引き続き、聞き込みと家から盗まれた物が無いかを徹底して調べるのじゃ。」
「はっ!」
『さあて、これで下手人を捕まえる必要が出てきたな。』
『麿はもう良いでおじゃろう?』
『何を言っているのだ。捜査責任者は中納言だろ。』
『いや、奉行だと思うぞよ。』
『またそうやって楽しようとする。』
『違うぞよ。今回は麿も真っ当な事を言っていると思うでおじゃる。』
『まあ、そう言わず付き合え。』
『知っておるぞ。こういう時、悪霊の言う通りにして良かったことなど一度も無いでおじゃる。』
『それで学習したつもりか?さっき格好いい自分に酔っていたではないか。』
『良く考えるでおじゃる。相手は刃物を使い、人を殺めることに躊躇いが無い複数の人間でおじゃる。麿の武勇で何とかなる範疇を超えているでおじゃるぞ。』
『何だ。中納言のくせにマトモなことを言うんじゃ無い。そなたが陣頭指揮を執らないと、真面な調べが出来ず、下手人までたどり着かんではないか。』
『それは確かにそうでおじゃろうが・・・下手人を捕まえるのは、せめて警護の足軽でお願いしたいぞよ・・・』
『まあ、そのくらいなら妥協してやっても良いな。』
『しかし、麿も多忙の身なのじゃがのう・・・』
『栄太郎がいれば、何も心配はいらん。』
『そんな、あんまりぞよ。』
『弱音を吐いている暇は無いぞ。内密に兵を集め、夜間の見回りを強化しろ。今でもかなりの被害が出ているが、最も怖いのは町全体が燃えるような大火だ。奴らのやっているのはそういう事だぞ。』
『そうじゃの。一気に捕まえねばならんの。』
ようやっと、兼定はやる気になる。




