そこは史実どおり・・・
さて、屋敷に帰った兼定は、内基に叱られ、信長に笑われたが、二条家に少しばかり賄賂を握らせたから事は沈静化するだろう。
何と言っても娘が嫁ぐ訳だし、向こうも今後の実利を期待しているから、そう無茶はしない。
そして、松翁丸の元服が執り行われる。
「では、松翁丸よ、皆に挨拶を披露しなされ。」
「はい。本日は麿の元服に際し、一族の皆様方にこうしてお越しいただき、感謝しておじゃりまする。何分、田舎育ちで非才の身、なれど、これから父上の教えを受け、一条の主となるべく全力で励みますゆえ、何とそよろしくお願いいたしまする。」
「よう言うた。立派な口上であったぞよ。家中の者も、分家からの養子となれば、思うところのある者もおろう。しかし、麿の父も土佐の出じゃ。何も心配は要らぬ。それはあらかじめ申しておくぞよ。では、中納言からも一言あるかの?」
「では、松翁丸よ。元服を済ませたからには、もう立派な公家よ。総領様の言いつけを良く聞き、麿を超えるのじゃぞ。」
「はい父上。これまでお世話になり申した。本当に感謝の念に堪えないでおじゃりまする。」
「良いのじゃ。これからも元気で頑張るのじゃぞ。」
「はい。」
「では、ここで新たな名を披露するぞよ。名は宗太郎。本名はここに・・・」
内基が紙を広げて皆に披露する。そこには「内政」とあった。そこは史実どおりなのね。
まあ、年齢は松翁丸じゃなく、房景が同い年だけど・・・
一条内政はゲームでは未登場だったから、気にも留めていなかったが、同い年の子が別名になってもちゃんと補正は入るんだなと思った。
そして、宴は終わり、庭先で寛いでいると宗太郎がやってきた。
「どうでおじゃったか?初めての酒は。」
「意外に美味しいものでおじゃりました。」
「そうか。麿の子ならそこそこ飲めるでおじゃろうな。」
「父上はもう松山にお帰りになられるのでしょう。」
「そうじゃの。しかし、峰の婚礼には来るし、そうでなくても都に来る用事は多いぞよ。あんまり寂しがる必要は無いぞよ。」
「そうですな。頑張ります。」
「そなたは母に似て、物静かでおじゃったが、しっかりしておる。ここでもきっと上手くやって行けるぞよ。」
そこに峰もやってきた。
「二人はもう少しここで暮らすことになるの。」
「はい。お相手の方もとてもお優しいのですよ。」
「そうか。それは良かったの。まあ、二条の屋敷は、御殿から大手門まで行くのと、さして変わらん距離じゃからのう。二人で仲良く過ごすのじゃぞ。」
「はい。これからも仲良くします。松坊のことも宗ちゃんと呼ぶことにしましたし。」
「まあ、二人だけの時なら、宗ちゃんでも良いぞよ。」
「父上もまた都に来られるのでしょう。」
「そうじゃ。それに、世の中がもっと落ち着いたら、そなたらも松山に遊びに来ると良い。鯛や太刀魚はやっぱり松山じゃからのう。」
「楽しみにしております。」
そして次の日、兼定は松山に向け出立する。
『もう少し居ても良かったんだぞ。』
『何故かのう。一緒に居ると寂しさが募るのじゃ。』
『そうだな。別れが決まっているからだろうな。』
『親というものは、何とも寂しいものでおじゃる。』
『ついこの間、二人増えたばかりなんだから、しっかりしろよ。』
『そう言えばいつぞや言うておったのう。子が皆成人するまでしっかり頑張れと。』
『今さら遅いぞ。十年追加でしっかり働いてもらう。』
『しまったのう。隠居してから子を作るべきじゃった。』
『何考えているんだ。』
そんなに嫌いなのか、仕事・・・
『それにしても、寂しいやら、ホッとしているやら、清々しいやら、何とも不思議な面持ちでもあるぞよ。』
『松山に帰るまでまだ時間はある。そういう気持ちを歌に詠んだらどうだ。』
『それは良い考えよの。何かこう、傑作が生まれそうじゃ。』
そうして、いろいろ考えては車を止め、墨を準備してはいろいろ書いていた。
宿についてもそればかり。ホント、こういうの好きなんだろうなあと思う、夏の夕暮れ。