今さら荘園?
子供たちと毎日戯れ、信長と毎晩酒を飲んでいたら御所から参内するよう使者が来た。
官位なら貰ってやってもいいが、どうせ碌なことはない。行きたくはないが、断る理由もない。
何せ、毎日御所の目の前で遊んでいるのだから・・・
参内してみると、目の前に帝、下座に関白二条晴良と左大臣近衛前久、反対側に右大臣九条兼孝が鎮座している。この人が次の関白だ。
その他にも偉い人が並んでいて、もちろん総領様も居る。向こう側として・・・
『のうのう、何か物々しいのう。官位を貰ってはい、さよなら、といった雰囲気ではないのう。』
『今までそんなこと一度も無かっただろう。官位と引き替えに無理難題ふっかけてくるのが公卿どもだ。』
『そうよのう。また金かのう。』
『官位とどちらが大事か、よく考えて返答しろよ。』
『無茶でおじゃる・・・』
「一条中納言、ただ今参内いたしましておじゃりまする。帝にお目通りが叶い、まことに恐悦至極に存じまする。」
「中納言よ、よくぞまいられた。苦しゅうない。面を上げるでおじゃる。」
「では、失礼をば、いたしまする。」
ここからは左大臣が進行役である。
「本日来てもろうたのはほかでもない。そなた、大変広い領地を持っておるそうじゃな。」
「はい。一条家伝来の土地を守るべく奔走しておったところ、時流に乗り、織田殿の引き立てもあり、今こうしておじゃりまする。」
「うむ。都でも戦が無くなり、民も喜んでおるそうな。まことに大儀であったの。」
「勿体なきお言葉におじゃりまする。」
「そこでじゃ。戦乱の世の中で、帝を始めとする公卿たちの領地も多くが失われての。それで少々、中納言の力を借りたいのじゃ。」
「麿にできることでありますなら、何なりと。」
「うむ。そなたの家だけなら、それほどの領地は必要ないかと思うての。」
「はて?何のことやら。御料所につきましては、弾正殿が回復に努められていると聞き及んでおじゃりますし、四国と九州に御料地はおじゃりませぬが。」
「うむ。そなたの言うとおり、御料地はないぞよ。しかし、荘園はたくさんおじゃった。」
「あったと言えば、あったような・・・」
確かに時代遅れの遺物ではあるが、荘園はまだ存在していた。そもそも一条家が土佐に下向したのも、自らの荘園を経営するためである。
「そこでじゃ。全てを今すぐというのは難しかろうて、差し当たって肥前神埼の院領と薩摩伊作の一乗院領を回復するよう命ずるぞよ。」
院領とは、退位した帝の御料地である。正親町天皇はまだ在位するはずだし、後奈良天皇はとうに崩御なさっている。いや、それ以前に図々しいな・・・
「それはお応えできかねまする。どちらも配下の者の領地でおじゃりますれば、彼らにも生活がおじゃりますゆえ。」
「しかし、中納言は今や、11カ国も領地を持っておる。足りぬとは言わせぬぞよ。」
「11カ国はただ持っているだけでも、何もしていない訳でもおじゃりませぬ。そこに配下がおり、兵をもって守っているでおじゃる。これは相当に骨が折れること。何カ国持っていても、相応の苦労はあるのでおじゃりまする。」
「配下など、別の場所に封じれば済む話しでおじゃろう。民にとっては武家の領地か荘園か、そんなことは関係ないでおじゃる。」
「武士が守ってこその領地でおじゃる。それが証拠に荘園はほぼ掠め取られたでおじゃる。」
「そこは中納言の武威で治めれば良いでおじゃろう。」
「お断りじゃ。他家の荘園になったからには、一条が守る義理はおじゃらん。麿の高祖父宗恵公は、自ら荘園を守り、一条繁栄の礎を築いたでおじゃる。荘園が欲しくば、それを守る力とお覚悟も要るでおじゃる。」
「では、帝の意志には従わぬと。」
「そこに居並ぶ公卿様達が兵を率いて荘園を守るなら、麿が手放しても良いでおじゃる。しかし、麿が手放したことで戦が起きるなら、民のためにそれを未然に防ぐ方が良いでおじゃる。」
「確かに、口が良く回る御仁よの。」
「大体、一乗院とはどういうことにおじゃりまするか。彼らはただ念仏を唱えていれば良いものを、僧兵を率いて武士と戦っていた連中ではおじゃらぬか。それを失ったから荘園が欲しいとは勝手にも程がありまする。神社仏閣は末寺末社から賽銭でも貰っておけばよろしい。」
「中納言よ、帝の御前である。控えられい。」
「失礼をば。それで、刀を振るうお覚悟はできましたでおじゃるか?」
途中から声のトーンを下げた。コイツ、いつの間にか上達してる。
「ま、まあ、それについては皆と相談の上、決めることじゃ。麿一人に言われても即座には回答できぬぞよ。」
「皆、麿のことを土佐の山猿などと囃し立てておるが、麿はただの猿では無いでおじゃる。自ら先陣を切り、刀を振るい、武士と向こうを張る猿でおじゃる。麿に無理を通すおつもりなら、それなりの覚悟を持ってもらわねばの。」
大分盛ったな・・・
「承知いたした。では、この話はまた後日、ということで皆、よいな。」
こうして、彼らの無理難題をどうにか払いのけて屋敷に帰る。
『しかし、二条様に喧嘩を売って大丈夫かのう。』
『何を言っているんだ。表裏比興は公家の常。それを材料に上手く乗り切るのが中納言の腕というものだろう。』
『なるほど。それで二条様だけを贔屓にするのじゃな。』
『そういうことだ。その時の状況に応じて、上手くやれよ。』
本当に上手く行ったかどうかは知らんが・・・