兼定、何度目かの上洛
天正3年(1575年)4月
この月、松と秀が相次いで出産し、松の子は鶴姫、秀の子は日吉丸と名付けた。
この時代には珍しくないとは言え、孫より年下の子である。しかも秀は4人目で、お松は何と6人目である。
そして、赤子を散々愛でた後、お峰と松翁丸の二人を都に連れて行く。
この二人、母は違うが仲のいい姉弟である。
「父上、私は船に乗るのは初めてでございます。」
「麿も初めてでおじゃりまする。」
「そうよのう。昔、栄太郎も同じ事を言ってはしゃいでおったぞよ。その時も母は産後で来られなかったので、父が一人で連れて行ったぞよ。」
「そうだったのですね。」
「確か、鞠が産まれてすぐじゃったかの。」
「姉上の婚儀には出とうおじゃりました。」
「鞠はまだ何年か先でおじゃるし、肥後は遠いぞよ。」
「そうなのでございますね。」
「なかなか会えぬのは、武家も公家も同じよ。そなたらの母も親兄弟には滅多に会えぬ。じゃから、せめて同じ都に住むそなたら二人は仲良うするのじゃぞ。」
「はい。分かりました。」
「兄上は一人で頑張ったのでおじゃりますね。」
「よう頑張ったと思うぞよ。まだ五つであったからのう。」
「さすがは兄上でおじゃりまするなあ。」
「そうじゃぞ。でも、松翁丸も都で偉くなるでおじゃろうから、負けずに頑張るのじゃぞ。」
「はい。父上よりも偉くなれるように頑張りまする。」
「それは間違いなくなるでおじゃろう。何と言っても、本家の当主になるのじゃからのう。そのうち、父が頭を下げんとならなくなるぞよ。」
「峰も良き妻になれるよう、精進いたしまする。」
「頼んだぞよ。さあ、兵庫の港が見えてきたでおじゃる。」
4月30日に摂津に入った一行は、その3日後、一条本家に到着する。
「おお、よう参ったの。麿が一条の総領じゃ。これからそなたらの父じゃ。」
「総領様、お世話になりまする。」
「うむ。中納言もよう来た。ほんに今日は目出度い。ささ、中へ。」
今日は総領様もご機嫌である。
「お初にお目にかかります。土佐一条家が四男、松翁丸でおじゃりまする。数えで十になりました。」
「同じく三女の峰でおじゃりまする。夏に数えで十二になりまする。」
「そうかそうか。二人とも立派じゃの。母に似たようで、とても良いでおじゃるな。」
「総領様。いつもながら辛辣でおじゃる。」
「まあそう言うでない。麿も子は大好きでの。万千代を昨日のことのように思い出す。」
「あの者ももう親でおじゃるよ。きっと二人目も近いと思うぞよ。」
「仲睦まじいなら重畳。何も言うことはないぞよ。」
「まあ、麿に似てしっかりしておるからのう。」
「全然似てはおらなんだぞ。もしや、伊予に行って変わってしもうたかの?」
「いやいや、毎日忙しく励んでおりまするぞ。ご心配は要りませぬぞ。」
「なら良い。まあ、麿の薫陶を実践しておれば、心配は要らぬ。」
一条って、こういう血筋なのか?
「それはそうと、松翁丸は元服を済ませた方が良いのう。」
「もう少し、待ってはいかがでおじゃるか?」
「いや、一条の跡継ぎとして、早くお披露目しておきたいのじゃ。」
「なるほど。それで、お峰の婚儀は?」
「うむ。二条家とは話ができたぞよ。先方も霜月で満の十歳になる。それに合わせて元服を行うようなので、来年春かのう。」
「お目出度続きでおじゃりまするな。」
「全くよ。最近は都も落ち着いておるし、織田家との関係も良好での。今更誼を結ぼうと皆躍起になっておるが遅いわ。ホッホッホ。」
「そうでおじゃるな。弾正殿も帝と一条がおれば、後の公家衆など、おまけみたいなものでおじゃる。」
「そこよ。一条は郡を抜いて織田家に貢献し、信頼を得ておる。今更これをひっくり返せる家など無いでおじゃる。」
「まさに、麿の先遣の明。神懸かりの一手でおじゃった。」
「ホホホホ。」
誰でもいいから、コイツらを斬り捨ててくれないか?
「それはそうと、松翁丸もお峰も疲れておじゃる。早く休ませてあげとうおじゃる。」
「そうであった。気が付かなんで済まんのう。今日は早めに休むと良い。すぐに湯にでも浸かって、ゆるりとするのじゃ。」
「ありがとうございます。お父上。」
「ほんによう出来ておるのう。この愚兄には勿体ない。」
「何で麿はいつもこう、下げられるのでおじゃろう・・・」
仕方無い。兼定だもの・・・