だから嫌じゃと言うたのじゃ!
永禄元年(1558)9月26日
この日、一条軍と西園寺軍は現在の三間町大内で激突した。
まず、兼定率いる30騎で敵陣の前に出て、いつものように挑発を行う。
「西園寺の臆病者たちよ、我こそは従三位、一条左近衛少将なるぞ!もし人並みの武勇があるなら、我に掛かってくるのじゃ!」
それだけ言うと、兼定は東の山麓方向に走り出す。
西園寺側もそれを追って進軍してくる。
もちろん、それが敵将の指示なのか、先鋒が勝手に動き出したのかは分からない。
しかし、敵が動いてくれたことで、陣形は崩れ、敵の地の利は無くなった。
そもそも、敵の方が寡兵なのである。
『今回も上手くいったの。』
『当然だ。大回りして味方の後ろに下がるぞ。』
『合流はせんのか?』
『ここからは大将の仕事だ。少数の兵を率いて本陣に詰めてもらう。』
『承知したぞよ。』
ここまでは良かった。ここまでは・・・
不意に後ろから飛んで来た矢で馬が跳ね、兼定は落馬してしまう。
ドサァッ!
『おい、大丈夫か?』
『痛いぞよ・・・甲冑を着けていなければ死んでおったぞよ。』
『それは無いと思うが、とにかく逃げるぞ。』
既に乗っていた馬は遠くに走り去っている。
振り返ると既に両軍、乱戦となっていたが、それでもこちらに駆けてくる敵兵らしき者の姿は見える。
「ひぃ~や~っ!嫌じゃ嫌じゃっ!」
『騒がず走れ!』
「怖い怖い怖い、誰か助けてたもれ~っ!」
『騒ぐな。左手に逃げろ!』
ガクガクしながらも兼定は走り出す。
いや、周囲の兵達に比べると遅いのだが、それでも寝転んでいるよりはマシだ。
当初の予定通り、東に走り出す。
正面には数軒の農家が見える。
『少将、あの家の裏手に回れ!家の中には入るな。』
「うん、うん・・・」
そのまま何度も転びながらも、何とか家の裏手に身を隠すことはできた。
追手の状況は分からないが、ここまでは無事だ。
『少将よ、まだ終わりでは無いぞ。山の中に隠れろ。』
『山の上は高森の城ではないか。』
『構わん。敵からは見えん。』
『もう走れぬぞよ・・・』
そりゃあ、甲冑を着て200m近く走ったのだ。兼定的には十分である。
しかし、ここでのんびりしている訳にはいかない。
すぐ近くで両軍が激しく戦っているのである。
灌木の中に分け入り身を隠しながら、高森城の方向に進む。
そして丁度人が一人隠れることができそうな窪地に身をかがめることができた。
『もう動けんぞよ・・・』
『よくやった。ここからなら、先ほどの家も見える。味方が来たら合流すればいい。』
『しかし、もう午後じゃ。日が暮れるのではないか?』
『もし、それまでに味方と落ち合うことができなければ、一晩ここで明かすことになるな。』
『寒いぞよ。腹も減ったぞよ・・・』
『死にたくなければ大人しくしていろ。』
剣戟、馬の嘶き、銃声など、非日常的な音が響く様は、ある種幻想的でもある。
兼定は生きた心地がしていないだろうが、こちらは疲れもしないし、腹も減らない。
冷静に遠くの戦況を見ているが、未だ乱戦模様といったところか?
『だから嫌じゃと言うたのじゃ・・・』
『心配するな。我の言うとおりにすればこの戦、勝てる。』
『もう負けても良いから、中村に帰りたいぞよ・・・』
『負けたらおしまいだぞ。とにかく、宗珊を信じるほかない。』
『麿はどうすればよい?教えてたもれ。』
『とにかく音を立てるな。声を出すな。寝るな。』
『あんまりじゃ。熊や狼が出たらどうするのじゃ。』
『これだけの人数が騒いでいるのだ。そんなもの、とっくに奥地へ逃げているに決まっている。』
日暮れ頃に喧噪は治まったが、まだ油断は出来ない。
暗くなると敵味方分からなくなるのだ。
どう見ても敵がここまで押し込んできたようには見えなかったので、負けてはいないだろうが、それでも不注意に出て行って味方に討たれるようなことがあってはいけないし、敵が夜襲を仕掛けてこないとも限らない。
とにかく夜はこのまま動かない方がいい。
『もう、戦はいやじゃ・・・』
『戦が嫌なら辞世の句でも考えるか?』
『もっと風雅な歌を詠みたいぞよ。』
こうやって、兼定の気を何とか紛らせながら一晩を過ごし、次の朝、一条家の旗印が見えたので、そちらに駆け寄り保護された。
結果的には相手を大森城まで撤退させることに成功していた。
まあ、今回は兼定も良く頑張ったのではないだろうか。




