信長、娘に会いに来る
天正元年(1573年)3月
さて、早速ではあるが、信長に毛利討伐の考えを伺うために書状を書いたら、返事ではなく、本人がやって来た。
案外この人、暇なんだろうか?
「いやあ左近殿。娘が上手くやっているか、確かめにきてやったぞ。」
「これは弾正殿。お忙しいのでは無かったでおじゃるか?」
「忙しくても娘は大事じゃ。」
「それはそうじゃが・・・」
「それにしても、エラく立派な城を建てたのだな。儂の城も負けぬように設計を変更せねばな。」
「別に競っている訳ではないがのう。」
「儂の負けず嫌いは知っておろう。朱や漆、金箔を使ったど派手なものを作って見せるからな。必ず呼ぶから楽しみにしておれ。」
こうして安土城はできるのか・・・
「まあまあ、中へ。徳殿も元気じゃぞ。」
「まあ父上、よくお越しになりました。」
「お主も息災なようで嬉しいぞ。それで、ここの暮らしはどうじゃ。」
「はい。皆様に良くしていただき、とても過ごしやすいと感じております。」
「そうだな。顔にそう書いてある。しかし、この御殿もさすがは一条家。派手さはあまり無いが、上品にまとめてあるな。」
「公家風にしないと、本家に叱られてしまうからの。」
「そうだな。左近殿の所はいろいろしきたりが厳しいからな。」
「では、宴の準備もできておるぞよ。今日は灘ではなく、土佐の酒を味わってもらうぞよ。」
「ほう。それは楽しみだな。」
「ちゃんと辛口を用意しておるぞよ。」
「南蛮の酒もあるのだろう。」
「葡萄酒ももちろんあるぞよ。」
「さすがは天下の一条家だ。」
「では、取りあえず奥の間へ。」
兼定と信長は重要な話があるので、御殿の奥の間に入る。
ここは土壁が多く配置されており、比較的防音に配慮されているのである。
茶畑も、一応不動産屋としての仕事をしていたのである。
「それで、あの書状の件だが、一条が前に立たぬのは何故じゃ。」
「天下布武は、織田家の力を見せつけてこそでおじゃる。毛利は一条の力を知っているので、一条には靡くであろうが、それではいかん。織田家に靡かねばの。」
「なるほど、真意はそこにあったか。分かった。上杉と武田が出てこれぬ隙に、西国を平らげてしまおうぞ。手を貸してくれるな。」
「もちろんでおじゃる。いつ頃になるかの?」
「儂が都に帰ったらすぐに兵を起こす。5月初めにはそちの領内に行くぞ。」
「では、麿もそれに合わせて出陣するぞよ。」
「では、難しい話はここまでじゃ。」
「本当に徳殿に会うのが目的じゃったのか。」
「そりゃそうだ。それに、ここは都と違って雑音もないしな。」
「御所様、父上、宴の準備が整いました。」
初日は家族と信長のみの宴だ。明日は家臣全員攻撃で酔いつぶす予定だ。
「こうして、落ち着いて酒の味を楽しむ夕餉もよいものだ。」
「そうでおじゃるな。特別な席じゃ。」
「父上、婚礼以来ですね。またご一緒できる機会があって、とても嬉しいです。」
「そうだな。こういう機会に恵まれない親子も多いからな。まことに良い家に嫁いだ。」
「はい。とても果報なここと感謝しております。」
「ここは、当主はともかく、奥方ができた者だからな。」
「いいえ父上、御所様は大変温厚で、楽しいお方でございます。」
「確かにそれは言えておるな。それに、裏表が無い。これほど大身に成り上がったのに、希有なことではあるな。」
「神懸かっておるのじゃ。麿自身はこんなもんじゃぞ。」
「そう言えるところが、左近殿の非凡なところよ。」
日本史上有数の英傑が見誤ってる・・・
「まあ、そう言ってくれるだけで、ありがたいぞよ。」
「それに、そちの子は皆素直でいいじゃないか。左近殿によく似ていると思うぞ。」
「何か、褒められると良い気分になるのう。」
そんなこんなで、珍しく褒められていたら、翌日、安国寺恵瓊が松山にやって来た。