新たな生活
その後、兼定は親子で参内し、内長が従五位下左近衛少将を拝命した。かつての父と同じである。
そして兼定も従三位中納言となった。
さらに、信長が帝に改元を要求し、元号が元亀から天正に改元された。
そして、京を去った足利義昭が備前鞆の浦に滞在していることが分かった。
そんな中、兼定一家は都を発ち、松山に帰る。
少し時を置いて、今度は松翁丸が京に上ることになる。
「しかし、お松には苦労ばかりかけてしまって済まんのう。せっかく栄太郎が徳姫まで連れて帰って来てくれるというに、今度は松翁丸を出すことになってしもうた。」
「いいえ。確かに寂しさはございますが、子はいずれ旅立つもの。どこか遠くに行ってしまうよりは本家を継ぐのであれば、また会える機会もございますし、何より名誉なことでございます。」
「そうじゃのう。隠居したら都に住むこともあり得るからのう。」
「まあ!まだ隠居を考えるのは早うございますよ。」
「それはそうかも知れんが、栄太郎が殊の外、立派になってしもうたからのう。」
「麿はまだまだでおじゃりまするよ、父上。」
「そうかのう?徳殿、どう見る?」
「わ、私に聞かれましても、その、困ります・・・」
「ほっほっほ!一条は何でも言うて差し障りのない家じゃからの。心配はいらぬ。そこにいる秀などは、最初凄かったのじゃぞ。」
「そこで私の名を出さずとも良いのございます。」
「済まぬ済まぬ。機嫌が良いものでの。つい・・・」
「ところで栄太郎。新しい生活はどうですか。順調ですか。」
「はい。とても楽しく過ごせております。母上に心配をお掛けするようなことは、何一つおじゃりませぬ。」
「それは安堵しました。徳様も、遠慮なく過ごしていただければ、松も安心でございます。」
「お義母様、ありがとうございます。妻として、家のために尽くして参ります。」
「松も秀もよう出来た妻での。麿などは家の中では、ただの置物よ。」
「まあ、私も秀も、そのような無体な真似をしたことはございませんよ。」
「そうです。秀も御所様によ~くお仕えしております。」
「ほれ、こんな感じよ。」
「はい。良く分かりました。これからよろしくお願いします。」
「見えてきたのう。あれが松山の城。これから皆で暮らすのじゃ。」
「まあ、とても大きゅうございます。」
「父上、これは・・・」
「言っておくが、帝の御所より大きいぞ。」
「全て白壁で、櫓も高うございます。」
「近くに行くと分かるが、堀も広いし、門も大きいぞ。」
「これが一条の、城・・・」
「驚いたじゃろう。じゃがのう、弾正殿は近江と大坂にこれより大きな城を建てるそうじゃぞ。麿も負けぬように沢山建てておるぞよ。」
「そうなのですね。」
「父上、あのような立派な櫓門、見たことございませぬ。」
「大寺院でも遙かに小さいのう。入るともっと驚くぞよ。」
車はゆっくり大手門をくぐる。
「さらに建物が増えたの。」
「はい。御所様が留守の間にも着々と。馬場もできておりますよ。」
「後は二の丸だけかのう。」
「はい、あそこはまだ高石垣を積んでいるところです。」
「さて、御殿に着いたのう。」
御殿は一段高くなっており、石段の上に門が見える。一見すると豪華な寺だ。
「兄上~!」
中から兄弟達がぞろぞろ出てくる。栄太郎は志東丸と鞠の記憶もほとんどないだろうし、峰、幸寿丸、松翁丸、浜、新徳丸は初対面である。
「ようやく全員揃ったのう。」
「御所様、松翁丸は・・・」
「心配いたすな。しばらくは一緒におればよい。別に急ぐ話でも無いからの。」
「よかったです。ありがとうございます。でも、松翁丸は大丈夫でしょうか。」
「一番大人しい子じゃからのう。ということは、あの生活に一番馴染むかも知れぬ。それに、今の栄太郎を見れば、都の生活が悪くないことはよく分かるぞよ。心配はいらぬ。」
「はい。」
「志東丸は朧気ながらしか覚えておらぬが、随分大きくなったのう。」
「兄上も小さな父上みたいでおじゃる。」
「そこまで小さくはないと思うぞよ。それで、こちらにおるのが麿の妻、徳じゃ。」
「徳と申します。皆さん、よろしくお願いいたします。」
「では、順番に元気よく名乗るのじゃぞ。」
「は~い!」
うん分かる。総領様もびっくりの幼稚園状態だ・・・
その後、みんなで御殿や城内を案内したが、城で生活したことのない栄太郎の方が驚いていた。
まあ、五徳も公家の屋敷を想像していたらしく、別の意味で驚いていたが。
「ここが、麿たちの城なのですね。」
「そうじゃ。いつか中村にも行ってみるが良い。あそこにも城が建ったぞ。」
「全く、十年の間に・・・驚くことばかりでおじゃりまする。」
「これをいつかは、そなたらが統べるのじゃぞ。」
「はい。しっかり研鑽いたしまする。」
「夫婦で新たな生活を楽しむ。まずはそこからじゃ。」
兼定のクセに生意気だ。