栄太郎、祝言を挙げる
さて、都に帰ってきた兼定は、毎日二条御所改め織田邸に呼び出され、歓待を受けていたが、その中で栄太郎と五徳の婚儀の話になる。
「そういえば、二人とも数えで十五となったな。そろそろ祝言を挙げても良いのでは無いか。」
「そうよの。戦勝記念でもあるし、機会を逃せば、お互いまた忙しくなるであろうからのう。」
「そうだな。では、儂も岐阜から皆を呼ぶゆえ、左近殿も妻を呼ぶといい。すぐに式を挙げよう。」
という話となり、明くる元亀四年一月に、春日大社で神前式と相成った。
普通はこんな所で挙式なんてできないのだろうが、そこはさすが一条家だ。
みんなで本殿までぞろぞろ歩くが、今日は信長も公家スタイルだし、新婦の角隠しは見たことも無いような巨大な覆いであった。
そこで三三九度の盃が交わされ、新郎である栄太郎が挨拶をする。
「はい。本日は二人のためにこうしてお集まりいただき、誠に有り難うおじゃりまする。麿は五徳殿のような素晴らしき妻と共に歩むことができ、まこと果報者じゃと喜んでおるとこでおじゃります。これから麿と五徳殿の二人で、二人の父に負けぬ良い家を築いていく所存でおじゃりますゆえ、今後とも、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたしまする。」
「よう言うた。立派な口上であったぞ。」
何か知らんが、この後神楽舞などを見た後、場所をすぐ近くの多聞山城に移して祝言の宴が始まった。
「本日は麿の甥、栄太郎が祝言に当たり、これほど多くの者に来ていただいたこと、嬉しゅう思うぞよ。それと、式も無事終わったこと、感謝し、安堵もしておる。これから土佐一条だけでなく、一条本家も織田家と誼を結べること、大層喜ばしいことと思う。これからも末永く良き関係であることを願うぞよ。では、実父である権中納言から、挨拶申し上げるぞよ。」
「では、麿より一言。本日は皆様、我が子栄太郎の祝言にお忙しいところご臨席賜り、誠に感謝いたす。麿の最も大切な友、織田弾正大弼殿に無理を言って、大切なご息女を預かることとなり申した。これからも一条家は織田家とともに歩む。その有りようを、若い二人から感じ取ってもらえると、嬉しいぞよ。では、織田弾正殿からも、一言声を掛けて下され。」
「今日は、我が盟友である一条権中納言殿の嫡男、栄太郎殿と、我が娘徳との祝言が無事挙行され、まことに目出度いことと喜んでおるところ。一条家は藤原北家の名門で摂関家というばかりでなく、今や天下の名だたる大身でもあり、この秩序の乱れた世にあって、信義無比の家と存じております。今回、このような縁を結ぶことができ、権大納言様、権中納言様のご尽力に感謝いたす。これからもよしなに頼みまするぞ。」
「有り難き言葉でおじゃる。当家の方こそ、よろしくお頼み申す。では、本日は一条家と織田家が総力を挙げて用意した至高の酒と山海の珍味の数々、たっぷりと味わってたもれ。」
「では、乾杯の発声は、弾正殿にお任せしようかのう。」
「では、若い二人の門出と、両家の益々の繁栄を祈念して、乾杯!」
こうして、宴が始まる。まあ、最近宴続きだったけど。
「いやあ、何とも目出度い。最近は良いことばかり続くな。」
「まことその通りでおじゃる。麿たちに仇成す敵は全て払われ、幸多き日に契りを結んだ二人は、まこと幸せよの。」
「全くその通りだ。一点の曇りも無い。」
「若い二人も、固くはなっておるが、嬉しそうよの。」
「そうだな。よく似合いの夫婦だ。それに顔は何度も合わせているからな。」
「そこは心配しておらんぞよ。」
「さあさあ、奥方も一杯、飲みなされ。」
「ありがとうございます。本当に感無量にございます。」
「そうよの。これから伊予で共に暮らせるからのう。」
「はい。二重の喜びでございます。」
「十年は長かったからのう。松には苦労ばかり掛けたの。」
「左近殿は、戦場ではあれほど勇ましいのに、普段は全くそのような感じはせぬな。」
だって、戦場でもこれが素だし・・・
「さあ、栄太郎も弾正殿に挨拶と御礼を言うのじゃぞ。」
「はい。弾正様、本日は一方ならぬお世話になり、有り難うおじゃりました。これから五徳殿を大切にいたしまする。」
「そんなに固くならんでよいぞ。儂とそなたの仲だ。まあ、不束者ではあるが、よろしく頼むぞよ。」
「父上、それは私の言葉でございます。」
「そうであったな。父が言うと洒落にならんわな。ハッハッハ!」
「そんなことはないぞよ。美しく立派な花嫁じゃ。」
「お義父様、お義母様、今後とも、よろしくお願いいたしまする。」
「うむ。実の父じゃと思うて、気兼ねなく暮らしてもらいたいものぞよ。」
「五徳殿、此奴は至らぬ所ばかりの不肖の義兄ゆえ、よろしゅう頼みましたぞよ。お夏もお秀も此奴には甘いゆえのう。」
「総領様まで、酷いでおじゃる・・・」
「全く、11カ国の太守も形無しだな。」
こうして、束の間かも知れない幸せな一時が過ぎる。