腹の探り合い
そして七月、毛利から安国寺恵瓊が使者としてやって来た。恐らくこちらに探りを入れに来たのだろう。小早川ではなく、わざわざ安国寺恵瓊を寄越すところが毛利の聡いところである。
「先日は当家との和睦につきまして、一方ならぬお世話になりまして、誠に感謝いたしております。またお会いできて、大変光栄に存じます。」
「なに、それほどのことではおじゃらぬよ。そなたの方こそ、骨を折ってもらった上に、遠路遙々、大儀であったのう。」
「いいえ、ご挨拶が遅くなりましたこと、まことに恐縮でございます。」
「それで、領地は少し落ち着いたかの。」
「はい。お陰様で、出雲も落ち着きを見せ始めております。」
「それは何よりじゃ。」
「それで、今回はその御礼と、拙僧にはまこと勿体なく阿波に領地をいただいたこともございまして、その御礼も兼ねて参ったところにございます。そして、私からは、これを。」
何か、桐の箱・・・
いや、桐で合ってるのかは知らないが、恵瓊が白木の箱を出してきた。
何か紙も貼ってある・・・
「これは?」
「はい。これこそ、堺の茶人、津田宗及様が銘を付けたる茶碗、青穣高麗でございます。是非、お収めを。」
「ほほっ!これはこれは・・・見事な逸品よの。さすがは恵瓊殿。今をときめく津田様お墨付きの茶碗を手にいれるとは。さすがでおじゃるのう。」
「いえいえ、御所様に献上するとなれば、この程度の格式は無いといけませんので、大変苦労いたしましたが、喜んでいただければ、拙僧にとってもまたとない名誉にございます。」
『おい、喜ぶのもほどほどにしとけよ。』
『じゃが、これを喜ばずにはおれまい。』
さすがは毛利・・・
ちょっと敗北を感じる。
『冷静になれ。相手がタダでそんな立派な物をくれると思うな。』
『しかし、礼じゃと言うておったではないか。』
『高く付くぞ。』
『まあ、まさかこれだけでは無いとは、さすがの麿でも思うぞよ・・・』
よし、元に戻った。やはりコイツは金と名誉と酒と女と子供と遊びに弱い。
「それで、恵瓊殿ほどの者がまいったということは、それだけではあるまい。」
「さすがは御所様でございます。実は、我が毛利家に先日、都の公方様より内密なお話しが来まして。」
「もしかしなくても、上洛の話かえ?」
「さすが、話が早ようございまするな。左様でございます。それで、御所様はいかがなさる肚でございましょう。」
「麿は始めから決まっておる。織田に付く。他に考えは無いぞよ。」
「織田殿は勝てますかな?」
「もちろんじゃ。疑いようはない。」
「しかし、それは御所様次第ではございませんかな?」
「これこれ恵瓊殿。滅多なことを言うでないぞよ。麿は永禄の初め、まだ織田殿が尾張を完全に平定する前からの盟友ぞ。たとえ、この世に未来永劫という言葉が無かったとしても、これだけは未来永劫ぞ。」
「それは大変に高尚なお考えでございます。」
「それで?恵瓊殿がここに来たということは、毛利は公方様に付くのであろう?」
「さすがは御所様でございます。ご慧眼、恐れ入りましてございます。」
「ならば答えはもう披露したぞよ。麿の気持ちは変わらぬ。」
「なるほど。それなら毛利も考えねばなりますまいな。」
「そうよの。策多きは勝つ。それが家訓であろう?」
「そうでございますな。御所様はいかがでしょうか。」
「麿は、義多ければ生き残り、少なければ裏切られる、じゃの。」
「毛利は間違っていると?」
「どちらが正しいかではない。毛利と一条のあり様の違いぞ。」
「失礼をばいたしました。」
「良い良い。恵瓊殿相手に、麿が機嫌を損ねるなどということはないから安堵して良いぞ。」
「しかし、このままでは毛利と一条家との間で、由々しきことになるのでございませんか。」
「別に、麿が始めた諍いでは無いからのう。一義的には、幕府と織田家の問題じゃ。」
「では、一条が積極的に動くことはないと?」
「そうじゃ。ただし、織田の盟友としては動かねばならぬ。どう動くかは、弾正殿次第じゃ。」
「そうでございますか。」
「だから、恵瓊殿の働きは今後、益々重要になるし、家中での重みも増す。さらには功を成す絶好の機会でもおじゃろう。お互い、上手く立ち回りたいものよの。」
「その通りでございまするな。確かに・・・」
「さあさあ、難しい話はこれまでじゃ。せっかくの恵瓊殿の心付けじゃ。この茶碗を使って麿の手前を披露しようぞ。恵瓊殿、付き合うてくれるの。」
「はい。喜んで。」
この後、急遽茶会となり、兼定と恵瓊は更に癒着した。
『のうのう、あんなに手の内を明かして良いものかのう。』
『中納言にしては、上出来じゃないか。しかし、大丈夫だ。むしろ、恵瓊殿にはこれから存分に暗躍してもらう必要があるから、示すべきは明確に示しておかないと、緊密な連絡は取れないからな。』
『なるほど、そういうことでおじゃったか。』
『それに、嘘を言っている訳では無いから、毛利方にバレて困る事は何もない。』
『そうじゃの。毛利がこれを受けてどう動くかは、毛利の責任じゃしのう。』
『そういうことだ。こちらは旗幟を鮮明にした。』
『そうじゃの。肚は決まった訳じゃしのう。』
『心配はいらん。織田が必ず勝つ。』
『分かったぞよ。そちが言うならその通りになるぞよ。』
それにしても、義とは一体何だろう・・・・