兼定の評価
さて、今日は領内の田植えの状況を見るため、御所にほど近い中筋川沿いの具同という所に来ている。
「田植えは順調かの?」
「はっ、領内各所とも順調と聞いております。」
「ならば良い。日照りや長雨などなければ良いのう。」
「まこと、そのとおりにございます。」
『のう、悪霊の力で何とかならんのか?』
『我は戦の神ぞ。』
『何もお主がせずとも、ツテを頼って天候を祈願してくれればよいであろう?』
『我は他の神に借りを作ることを好まぬ。』
『しかし、こうして麿と喋ることと足の指を角にぶつけるしかできんのであれば、その辺の悪霊と変わらんではないか?』
『そんなことはないぞ。我でも500年くらいなら先を見通すことが出来る。』
『何と!500年も先の事が分かるのか?』
『神なら皆、その程度のことはできるぞ?』
『意外に凄いものじゃのう・・・』
『だから少しは畏れ、敬うがよい。』
『では、一条家はどうなっておるのじゃ?』
『京都の一条家なら残っているぞ。土佐の一条家は消息が分からん。』
『神なのに分からんのでおじゃるか?』
『ああ、少将に孫がいたことまでは分かっているが、その後の消息は記録に残っていない。』
『麿の血筋は絶えたのかのう。』
『恐らくな。負けるというのはそういうことだ。』
『麿は、後世にどう伝わっておるのじゃ?』
『酒色に溺れ、遊興に耽り、罪無き者を貶める短慮で無能な男として伝わっている。』
「お、おのれ悪霊!今日という今日は許さんぞよっ!」
兼定はいきなり刀を抜く。
周りの家臣も百姓も蜘蛛の子を散らすように逃げた。
『ここで騒いだとて、どうしようもあるまい?』
「グヌヌッ・・・」
『これは今から数十年後に書かれる書物からの記述だ。実際にそうだったかどうかは問題では無い。そのように伝わり、ほとんどの者がそれを実際のことと認識しているということだ。』
『何故そのようなことを書かねばならんのじゃ?』
『一条家を倒してこの地を新たに治めることになった者が、前の領主はこんな悪逆非道な人間だったと喧伝するためだ。』
『統治の正当性を主張するためか?』
『そのとおり。歴史は勝者が書くものと言うであろう?だから負けてはならんのだ。』
『それは・・・確かにそのとおりよの。』
『分かったら刀を収めろ。』
『分かったでおじゃるが、皆にはどう言い訳すれば良い?』
『悪霊を退散させてやったとでも言っておけ。』
『そちはちっとも退散してくれんがのう・・・』
『我が去ったら一条はさっき言ったとおりのことになるぞ?』
『他にはどう伝わっておるのじゃ?』
『諌言した忠臣、土居宗珊を手討ちにし、百姓の家に夜這いに入り、放蕩を繰り返した結果、家臣に追放され、豊後に逃げ込み、そこで大友の兵を借り、再び復帰を目指すも合戦に敗れ、この中村の地は長宗我部の手に落ちる。』
『高貴な麿が百姓の娘に手を出す訳ないでおじゃろう・・・あまりに酷すぎて、落ち込んでしまうぞよ・・・』
そりゃそうだ。この時代の百姓の娘なら、武勇9以上の戦闘力があるだろう。
『最後はどこからか放たれた刺客に暗殺されたなどと言われている。』
「御所様、大丈夫にございますか?」
「ああ、大丈夫じゃ。少し悪霊がおっただけじゃ。麿が祓ったから安心して良いぞ」
「さすがは御所様にございまする。」
やむを得ず、早めに視察を切り上げて御所に帰ってきた
『もう少し冷静さを保て。短気ですぐ我を忘れるのは少将の悪い癖だ。』
『そうは言うがのう。怒りを抑えきれぬ性質なのじゃ。』
『それでよく禁裏でやってこれたな。』
『麿は位が高いからの。』
『これからはもっと重々しく振る舞え。そうすればより人は靡く。』
『そうじゃの。それは良い考えじゃ。ところで、一条に仇をなすのは長宗我部で間違いないのじゃの?』
『ああ。長宗我部は本山を滅ぼした後、安芸を狙う。あの時、安芸に一条が援軍を出していれば、歴史は変わったかもな。』
『出さなかったのでおじゃるか?』
『そうだ。そして少将は土居宗珊を手討ちにして家中が混乱したところを狙われた。』
『卑怯よのう。して、それは宮内少輔の仕業か?』
『ああ。しかし今の宮内少輔ではなく、息子の方だ。』
『なら、今の当主のうちは大丈夫なのか?』
『それは何とも言えん。こちらに隙があれば狙ってくる可能性は捨てきれん。』
『強くならねばの。』
『今はまだ、本山とやり合っている最中で他に手を回している余裕は無いだろう。その間に西園寺を片付ける。』
『分かった。任せたぞよ。』
『お前もやれ!』
『もう戦はこりごりなのじゃが・・・』
全く手の掛かる麿様だ・・・




