兼定と松
永禄元年(1558)4月
この頃、正室である松の懐妊が判明した。
史実では、嫡男万千代(一条内政)が産まれるのは6年ほど先であるが、ゲームでそれを言ってもほぼ意味をなさないだろう。
とにかくこの時代、子は宝であり武器でありカードである。後世、色欲に塗れたと評された兼定であるが、子は沢山設けていいし、別に側室が何人居ても構わないと思う。
大事な事は、お家大事の精神を植え付けられるかどうかだ。
「それで松よ、当家には慣れたか?」
「はい。お陰様で随分慣れてきました。これも御所様のお心遣いあってのものです。」
「まあ、年明けには子もできよう。今は身体大事でおるがよいぞ。」
「本当にありがとうございます。」
「まあ、子もできて落ち着けば、また気晴らしにどこかに出かけても良い。」
「嬉しいですわ。楽しみにしております。」
「つわりなどはどうじゃ。」
「ええ、多少ございますが、これでも武門の娘、大丈夫にございます。」
「義父に文など書いておるか?」
「はい。父にも子を宿したことを報告いたしました。」
「それは良い事じゃ。」
「はい。父も一条との関係が益々深まったと喜んでいることでしょう。」
「そうよのう。この関係は両家にとって益ある話しでおじゃる。互いにこれを使い、家を繁栄に導かねばのう。」
「そう言っていただけますと、身が引き締まる思いにございます。」
「まあ、今は子が大事よ。あまり考え込まぬようにの。」
「ありがとうございます。」
「もう少し季節が良くなれば、庭で歌会を開いても良い。麿の詠んだ歌でも聴いてくれるかの?」
「是非、楽しみにしておりますわ。」
「こう見えて、歌は得意なのじゃぞ。」
「もちろん、存じ上げております。そして、その才が神懸かっておりますことも。」
「ほっほっほ、そうであろうそうであろう。さすがは我が妻におじゃる。」
『おい、調子に乗るなよ。』
『神懸かっておるのは事実であろう。いや、悪霊憑きかの?』
『どちらでもないな。神懸かっているのは我の力だ。』
『何じゃと?』
『無駄口叩いている暇があったら、松の方の相手をせよ。』
『相変わらず口の減らぬ悪霊よ。』
『目の前の婦人が訝っておるぞ。』
「ああ、少し考え込んでおったでおじゃる。」
「まあ、例の神懸りというものでしょうか。」
「そんなところでおじゃる。まあ、他愛の無い神じゃがのう。」
「そのようなことはございません。御所様と一条の家を繁栄に導いて下さるものですわ。」
「そうあって欲しいものであるのう。」
「今日は、ごゆっくりできるのですか?」
「ああ、大丈夫じゃ。」
婚儀以来、あまり長い時間を作ることができなかった二人は、いろんな話をした。
『妻とゆっくり話が出来て良かったではないか。』
『まあ、そうよの。あまり好みの女性ではないが。』
確かに、松の方はどこにでもいそうな普通の女性ではある。
『前にも言ったが、正室とその子を立てるなら、側室は何人設けても問題無い。』
『確かに・・・』
『しかし、家中に混乱を生じさせないよう、本妻の立場と跡継ぎはしっかり固め、容易にこれを動かそうとしてはならん。』
『つまり、松との子が麿の後を継ぐということであるの。』
『松の方に女児しか産まれなければ、話は変わってくるが。』
『まあ、それは子が出来てからじゃの。』
『四人くらいは設けよ。』
『前にもそう言っておったの。』
『後継の心配が無い状態こそ盤石と言える。安芸や伊東から養子を迎えるという手もあるが、それで家中が治まるか、皆の心を繋ぎ止められるかは分からん。』
『分かったぞよ。側室もより取り見取りになると良いのう。』
『この家が大きくなれば、望まずともそうならざるを得ぬ。逆に断れぬ縁談もあろうな。』
『それはそれで混乱の元であるのう。』
『今はそこが分かっておれば良い。』
『じゃが、側仕えの者の中に、良い女子がおるのじゃが、ダメかのう?』
『どこの家の者だ?』
『姓は押川を名乗っておったの。』
『止めておけ。聞いたこともない家だ。そんなところから娶ったら、それこそ収拾が付かなくなるぞ。』
『そうか・・・惜しいのう・・・』
『関白が庶民から妻を娶るか?』
『分かったぞよ・・・』
『そろそろ夕餉だ。妻の所に行ってやれ。』
夫婦円満のお膳立ても大変だ・・・