万千代、元服する
本来は十五になるのを待って元服させる予定であったが、見合いが成立したことを受け、急遽、元服の儀を執り行うことになった。
そして、当日は信長と五徳も臨席して、花を添えてくれた。
「では本日、我が子万千代の元服に当たり、多くの方にお出でいただき、父として感謝の念にたえぬ。今日この時をもって、嫡男万千代は晴れて大人の仲間入りを果たすが、まだまだ若輩に過ぎぬ。これからもご指導ご鞭撻を賜り、是非、当家を支える立派な朝臣に育て欲しいと思う。よろしくお願いするでおじゃる。」
「万千代でおじゃりまする。これから名をいただくことになりまするが、その名に恥じぬ働きをしとうおじゃります。それと、間もなくここにおられます五徳様との婚儀も控えておじゃりますが、夫としても立派な人となれるよう、引き続き精進してまいる所存におじゃります。本日は誠にありがとうおじゃりました。」
「うむ、まこと見事な口上でおじゃった。これで土佐一条も安泰じゃな。では、命名は実の父からするのが良いでおじゃろう。」
「では、お集まりの皆様、万千代の本名を披露いたす。」
兼定は懐から紙を取り出し、皆に見せる。
そこには「内長」と書かれている。
「これは育ての父である総領様と、麿の大切な盟友である織田弾正殿から、有り難くも一字すつ拝領仕ったものでおじゃる。とても良い名でおじゃる。」
後に関白になる一条内基と織田信長から貰うのだから、かなりゴージャスである。
信長は「信」の字をやると言ってくれたが、さすがに織田家伝来の名を後ろに付けるわけにも行かず、これを断って「長」の方をいただいたものである。
「そして通名は栄太郎と名付けたゆえ、これからよろしくお願いするぞよ。」
こうして儀式は滞りなく終わった。
「どうじゃった。息子の門出は。」
「はい。もしかしたら立ち会えないかも、と思っておりましたので、感無量におじゃりまする。」
「そうよのう。織田殿が都を落ち着かせてくれなんだら、ここに来ることも叶わんかったからのう。」
「そう言ってもらえると、儂も上洛した甲斐があったというものだ。」
「弾正殿様々でおじゃる。これは世辞抜きで間違いぞよ。」
「ところで、栄太郎はこのまま伊予につれて帰るのかの?」
「いえ。まだ修養せねばならぬことも多いでおじゃるし、五徳殿とももっと親睦を深めてもらいたいゆえ、最初の約定のとおり、今しばらくは総領様の元に置いて欲しいぞよ。」
「ほっほっほ。そなたも随分殊勝になったものよの。」
「麿は生まれつき謙虚で殊勝におじゃるよ。」
「それは無いな。」
「うむ。何かの間違いぞよ。」
「旦那様、それはあまりに言い過ぎでは。」
「父上、私は恥ずかしゅうございます。」
「父上、もう少し謙虚になられた方が良いと思います。」
「な、何じゃ。栄太郎はともかくお雅まで総攻撃に加わるとは。麿の尊厳は一体どこに行ってしまったんじゃ?」
「そなたと会って十年になるが、一度も見たことは無いぞ。」
「弾正殿、それは殺生におじゃりまするぞ・・・」
本当に、こういう振る舞いをさせれば、兼定は超一流だ。
「でも、これで一条の家も安泰です。私も役目を全うできた気持ちです。」
「お松よ。まだまだこれからぞよ。お互いまだ三十路にも達しておらぬ。」
「そうですよ母上。麿が伊予に帰るだけでも、まだ三年はおじゃりまする。」
「そうじゃのう。さらに孫の顔を見ねばならぬ。まだまだやることは多いのじゃぞ。」
「ありがとうございます。つい、感極まってしまいまして。」
「今日は本当に良き日だ。徳もこのような良き家に嫁ぐのだ。更に励めよ。」
「はい。父上。」
こうして宴も終わり、一週間の滞在の後、伊予に帰ることになった。
「それではの。栄太郎も一層励むのじゃぞ。」
「はい、父上。ご期待に添えるよう、全力で励みまする。」
「身体には十分気を付けるのですよ。」
「はい。次にお会いするときには、もっと大きくなって見せまする」
「では、皆の衆、またすぐ来るぞよ。」
『しかし、帰ったらすぐ戦支度じゃのう。』
『まあ、我が軍は後詰めだ。心配は要らん。』
『しかし、こうなるはずでは無かったのでおじゃろう?』
『ああ、もう歴史は大きく変わっている。だから油断は禁物だが、それでも、ここで潰える一条家ではないさ。』
『信じておるぞよ。』
こうして途中、阿波で兵の動員を発令し、3月20日、一旦松山に帰還する。