将軍になる男
さて、弾正殿の取り計らいで、足利義昭に会うことが出来た。
まあ、面倒くさそうなので、無理して会うほどのことでは無かったが・・・
「これは公方様、お初にお目にかかりまする。一条権中納言にございます。」
「これはよくぞ参った。早期の上洛と挨拶、良い心掛けじゃの。」
「お誉めいただき、光栄におじゃる。それと、これは公方様に献上の掛け軸にございます。どうか御査収のほどを。」
「うむ。さすがは公卿、良い目を持っておるの。これからも、それがしのため、良く尽くすのじゃぞ。」
「仰せのままに。」
「ところで権中納言よ、そちは公家ながらにして、武家の真似事をやっておるそうじゃが、領地はいかほど持っておるのじゃ?」
「淡路、四国、播磨、備前と備中半国にございます。」
「やけに広い荘園よの。では、権中納言には、土佐一国を安堵するゆえ、残りは幕府に返上せよ。」
いきなりぶっ込んでくるなあ。まあ、隣に弾正殿も座っているから、止めてくれるだろうが。
「それは、いかなる訳でおじゃるか?」
「征夷大将軍となるそれがしの威光を高めるためよ。既に五畿内は幕府の支配に服した。さらに一条の領地を加えれば、かつての威勢を取り戻すことができよう。」
「のうのう、弾正殿、五畿内は公方様の領地なのかえ?」
「名目はそういうことにしておる。」
「なら、麿もそうした方が良いのか?」
「いや、あまり調子に乗せるな。そちの領地は公方の力を一切借りずに得たものなのだろう?」
「では、思いっきり断るぞよ。」
「公方様、お言葉ではおじゃるが、我が一条の領地は既に多くの公家衆がその恩恵に浴している地でおじゃる。たとえ幕府といえど、そう易々と差し上げる訳にはまいりませぬ。」
「何と!無礼ではないかっ!」
「どうしてもとおっしゃるのであれば、それ相応の対価をいただかないと、いけませんのう。」
「畏れながら申し上げます。土佐を除く一条領、七カ国を買い取る金など、とてもではありませんが、織田家にもありませんので、お諦め下さい。」
「弾正まで一条の肩を持つか!」
「そうお考えなさるなら、幕府の御家人で切り取られるがよろしかろう。その方がよほど威光が高まり申す。」
「・・・・ほんの、戯れじゃ・・・」
何か、そのまま盛り上がることなく、会見は終わった。
「弾正殿のお陰で所領を失わずに済んだぞよ。」
「まあ、万事あの調子でな。困ったものだ。」
「そなたも色々苦労しておるのじゃのう。」
「やっと分かってくれたか。その通りよ。」
「しかし、あれではのう・・・」
「ああ。今の体制が瓦解するのも時間の問題だ。」
「では、言った通りのことになるのう。」
「むしろ、ああ言ってもらえて腑に落ちたし、決心も着いた。」
「まあ、当家も力にはなるぞよ。」
「ああ、期待している。」
『しかし、予想以上にダメだったな。』
『あれで良いなら戦乱の世になどなっておらんぞよ。』
『しかし、あれでも知力は80くらいある。』
『その基準、随分おかしいと思うぞよ。』
『しかし、天才と何とかは紙一重とも言うからな。』
『あれは紙一重で馬鹿じゃぞ。』
『まあ、そう言うな。』
『しかし、今更土佐一国になっておったら大変じゃったのう。』
『まあ、そんなこともあろうかと、宇和と祖谷は土佐に編入しておいたがな。』
『あれはそういう意味じゃったのか?』
『ああ。事実、長宗我部はそういう条件を突きつけられて、戦が避けられない状況に追い込まれたからな。あらかじめ知っていれば、ある程度の対応はできる。』
『色々考えておったのじゃな。』
『しかし、まさかあそこであんな話しが出るとは思わなかった。』
『もう、会いとうはないぞよ。』
『多分、もう会うことはないから、安心しろ。』
『早く屋敷に帰って万千代たちとゆっくりしたいぞよ。』
『それがいい。今日の事は忘れろ。』
こうして兼定は、特に収穫もなく、屋敷に帰る。
それにしても、精神的な疲労を感じただけだった・・・
そして一週間後、兼定一行は帰路につく。