信長に歴史の授業をする
そして、毎晩飲み明かしている二人ではあるが、今日は休肝日を設けて、寺の縁側で茶をいただいている。
「こうして、形式張らずに茶を飲むのもまた、いいものだな。」
「そうでおじゃるな。特に今は、季節も天気もよい。」
「こういうのどかな日が続けば良いのだがな。」
「弾正殿でもそう思うのか?」
「左近殿は儂を何だと思うておる。儂とて、戦無き世が理想だぞ。」
「そうか。麿と同じであるな。」
「ああ。同じだ。それで、これから何が起こるか見えるか?」
「そうじゃのう。神がそちに伝えたい事があると言っておるぞよ。」
「何と!それはありがたいな。」
「まずは、公方様との蜜月は長く続かぬぞよ。そして、弾正殿の排除に動く。」
「しかし、あの公方に誰が味方するのだ。」
「三好と本願寺、叡山が主力ではあるが、松永や荒木も降伏しては裏切るぞよ。」
「分かった。しかし、それ位なら何とかなるな。」
「それと、浅井、朝倉には注意が必要じゃ。残念ながら、浅井は朝倉に付く。」
「・・・そうか。」
「この話をしたから、将来は変わるかもしれぬが、弾正殿が朝倉攻めを決め、若狭に入った途端、浅井は裏切る。」
「そこまで分かるものなのか。」
「その後、近江の姉川で弾正殿と松平殿の連合軍は浅井に打ち勝つが、その後は朝倉とともに公方様の味方になる。ついでに六角の残党や雜賀、根来衆も加わる。そしてとどのつまりは武田じゃ。」
「・・・大事になるな。それで、儂は勝てるのか。」
「勝つ。」
「そうか。儂は勝つのだな。」
「じゃが、長いぞ。この先五年は苦しめられる。」
「まあ、そなたに美濃を平らげるのに七年と言われたから、それに比べると、どうということはないな。」
「物は考えようじゃの。」
「それで、公方様はどうなる。」
「都をそなたに追われた後は、備後の鞆の浦に身を寄せるが、そこから各地の有力者に手紙を送り続け、そなたに抗い続ける。」
「厄介よのう。」
「それと一向宗は強いぞ。石山本願寺だけではない。越前や加賀、伊勢でも一向宗と戦うことになるじゃろう。」
「確かに、死を恐れぬ民百姓との戦は、したくないな。」
「それと、信玄は攻めてくるのか?」
「来るぞ。浜松で松平殿は手痛い敗北を喫するじゃろう。しかし、信玄は病を得て信濃に引き返し、そこで亡くなる。四年ほど先のことよ。」
「そうか。そなたの予知は良く当たるしなあ。」
「その後、武田はそなたが滅ぼすことになる。」
「何と。あの武田が滅びると申すか。」
「十三年ほど先の話じゃ。」
「その頃、儂は何をしておる。」
「中国では毛利と、北陸では上杉と戦うておるの。四国の長宗我部を攻めるつもりではあったようじゃが、すでに麿の領地となってしもうた。」
「それでそなたと戦う将来は無いと申したのか。」
「無いぞ。」
「そうか。ならば良い。」
「それと、その後、毛利攻めに備中へ向かう途中、立ち寄った本能寺で襲われ、そなたは命を落とす。」
「何と・・・それは・・・」
「もちろん、知っておれば避けることもできよう。」
「誰が襲撃をするのだ?」
「そなたの家臣の一人だとの事じゃ。」
「そうか。その後は奇妙丸が継ぐなら問題無い。」
「いや、奇妙丸様も都におってな。同じ日に命を落とす。それで、まだ産まれてはおらぬが、そちの孫が後を継ぐ。じゃが重臣同士の主導権争いの中で、乗っ取られる形になるのう。」
「それは、避けられるのだな。」
「武田を滅ぼした年の夏は、都に行かぬことじゃな。その頃、そなたは近江安土に城を構えておる。」
「まさか、外に出ぬ訳にはいかんぞ。」
「隙を見せねば良いし、隙があれば城にいても危ないぞよ。何せ、天下を平らげるには、相当多くの者の恨みも買うじゃろうからの。」
「確かに左近殿の言うとおりだ。しかしお主、何でも見えるのだな。」
「いや、麿が見ている訳ではないぞ。神のお告げというか、そんな感じで聞こえてくるのじゃ。それに、聞いても答えてくれんこともあるでの。なかなかに気まぐれで困るのじゃ。」
「しかし、先が見通せれば、長い苦しみにも耐えられそうな気がしてきたぞ。」
「神が言うておる。それこそが弾正殿の強さであり、麿に無いものじゃと。」
「こんなものは儂一人で良い。それより、これからも頼りにしておるぞ。」
「任せてたもれ。でも、お手柔らかにの。」
「分かっておる。そちは特別だ。」
さあ、賽は振った。