三度目の織田信長登場
都に出てきて三日後、建仁寺にて、信長との会談が行われた。
彼は上洛を果たした後、一旦は岐阜に帰っていたものの、1月末に本圀寺において、足利義昭が三好三人衆に襲撃される事件があり、それ以来、都に滞在していたものである。
「おう、これは権中納言様、ようこそお出で下さった!」
相変わらず、とてもエネルギッシュな御仁である。
「これはこれは、して、何とお呼びすれば良いのかのう。」
「儂とそちの仲じゃ。これからも弾正で頼むぞ。」
「では、それがしも左近で良いぞ。」
「しかし、約束が見事に果たされたのう。」
「麿は最初から分かっておったがのう。」
「しかし、大したものよ。新九郎(斎藤義龍)の死も、覚慶様の件も、時期までピタリと当てたではないか。神懸かりはまことであったのう。」
「確かに、それはあったかも知れぬが、一番はそれを成し遂げた弾正殿の手腕でござるよ。」
「そして、こうして再会も果たされたし、領地も確かに隣り合わせになった。」
「こちらも、隣が弾正殿なら心強い。」
「まあ、播磨と備前は手に入れておるようだが。」
「うむ。予想以上に獲りやすそうじゃったので、思わず手が出てしもうた。」
「いやいや、お陰でこちらは敵の援軍を気にせず、摂津の攻略に専念できる。むしろ有り難い話よ。」
「これから、伊勢の仕上げでございますかな?」
「そうだな。今年中にはケリを付けたい。そこまで領地を増やすことができれば、取りあえず落ち着くことができる。」
「そうよのう。戦をした後は、必ず兵も民も落ち着かせねばならん。」
「その通りよ。そうして天下布武を民に植え付け、領主共を手懐けねばならん。」
「そなたの覇道を、麿も期待しておるぞよ。それと、これは備前で焼いた壺じゃ。茶会の慰みに使うてくれると嬉しいのう。」
「これはまた立派な。いつも貰ってばかりですまんのう。」
「これくらい、お安いことじゃ。」
「こちらも瀬戸や信楽などがあるからのう。いつか左近殿に贈ろうと思う。」
「それは有り難い。家宝にするぞよ。」
「ハッハッハ!互いにそうするか。」
信長、さらに上機嫌・・・
兼定は家康と違ってお囃子にはもってこいの人物だから、自然とこうなる。
「しかし、これほど楽しく笑うたのは久しぶりだな。さて、そろそろ酒の準備もできたことであろう。本堂に場所を移そうぞ。」
そんなとこで、飲むの?
「さすがに管主様に叱られはせんかのう。」
「ハッハッハ!大丈夫だ。儂は毎晩やっておる。」
「ならば、本尊を見ながら飲むのもまた一興。」
「さすがは左近殿、話が早い。うちの家臣にも、最近、頭の固い奴が入ってのう。」
信長の天敵じゃないのか?
「麿も頭の固さでは天下に名が轟いておるますぞ。」
「ハッハッハ!左近殿は軽口の方が有名ではないか。」
「弾正殿が言いふらしたせいでござる。」
「いや済まぬ。少々あちこちに触れ回り過ぎたのう。」
「やはり弾正殿ではござらぬか!」
「戯れ言じゃ戯れ言。しかし、そちと飲むと楽しいのう。」
「そう言えば、御家中の方はおられませんな。」
「そうよ。今晩はとびっきりの酒と料理を準備したからな。サルなどに食わせるには勿体ないからのう。」
「そういうことでおじゃったか。それは皆に気を使わせてしもうたかのう。」
「良い良い。儂とそなたとの酒に、邪魔者は不要ぞ。」
「そう言っていただけると、麿の口ももうちょっと滑らかになり申す。」
「もう、公家言葉と武家言葉がごっちゃになっておるぞ。」
「酔うと使い分けが面倒になってくるのじゃ。」
「どっちでも良いぞ。面白いからな。」
「またそれを言いふらすのであろう?」
「ハッハッハ!ダメか?」
「本家にバレない範囲で頼むでおじゃる。」
「分かったぞ。任せておけ。」
この後、信長は田楽踊りなるものを、兼定は能を舞った。
こういうところは、教養人なんだよなあ。
そして、夜半頃、やっと解放される。
『さすがに・・・飲み過ぎたのう。』
『あの御仁の飲み方は異常だ。下戸のキンカン頭はさぞ、苦労したんだろうな。』
『それは誰じゃ?』
『そのうち実物にも会えるだろう。それと中納言よ、弾正にこれから起こることを伝えるが、構わんか?』
『何故じゃ?そんなこと、これまで一度も麿に尋ねたことなどなかろう。』
『一条家の今後にも大きく係わるからな。』
『任せるぞよ。そちは悪い霊じゃが、今まで麿を貶めたことはないぞよ・・・』
『そうか。』
良い奴、なんだよなあ・・・