大友、毛利との駆け引き
兼定が半次郎と戯れている間にも、世の中は激動する。
前年に秋月種実と高橋鑑種が筑前で反旗を翻し、これに呼応した毛利と大友が激しく戦っている。そして、休松の合戦で毛利方が勝利して以降、大友が劣勢に立っていた。
「此度はお忙しいところお目通りが叶い、大変光栄に存じます。それがし、大友家加判衆、吉岡宗歓(長増)にございます。」
大友家の重鎮が来てしまった。これは嫌な予感どころの話では無い。
「これはこれは吉岡殿。遠路大儀でおじゃったのう。平素は疎遠にしており、まことに申し訳ない限りじゃ。して、ご用の向きは何でおじゃろうかのう。」
「はい。御所様も既にご承知のとおり、我ら毛利を始め、秋月、高橋らと一戦を交えておりまする。つきましては、精強の呼び声高き一条の助勢を賜りたく、まかり越したものでございます。」
「うむ。もちろん大友殿は伯父上でもあるし、助けることはもちろんじゃ。しかし、和議を結ぶという道もあるのではないかの?」
「毛利は信用なりません。一時はそれも可能でしょうが、あれは博多の権益を諦めようとしませんゆえ。」
「確かに、それは麿も感じておるところじゃ。しかし、今は我慢して毛利と和し、秋月と高橋を孤立させ、個別に対応するのが良い。これ以上両方と争うことに、麿は意義を感じぬ。」
「それでは・・・」
「麿が再び口を利こう。最近は龍造寺と言う者も少弐の旧領を押さえて意気軒昂と聞く。あまり手を広げすぎず、落ち着いて戦う相手をよく見定めるが良いぞよ。」
「兵は送ってくださらないと。」
「それは毛利次第じゃの。それに九州に出向くか備中が戦場になるか、それも分からぬぞよ。」
「何卒、よろしくお願いいたしまする。」
そして、吉岡が帰ったと思いきや、入れ替わるように小早川が来た。
「御所様におかれましては、益々ご機嫌麗しゅう。それがしも大変嬉しく思っておるところに存じます。」
「うむ。半年ぶりよの。又四郎殿も息災そうで何よりじゃ。」
「お陰様を持ちまして、三村と宇喜多も落ち着いております。」
「そうよの。我らが手を携えれば、出来ぬことなど何もないのう。」
「はい。それで早速ではございますが、毛利を支援して欲しいとお願いに上がったところでございます。」
『中将、落ち着けよ。前回の我々と逆のことを仕掛けようとしてきているぞ。』
『吉岡とは全く違うのう。』
「支援とな。申してみよ。」
「はい。先年より、我ら毛利と美作・伯耆の国人衆との間で争い事が増えており、この対処に苦慮している所でございます。是非とも一条家のお力をお借りしたく、まかり越したものにございます。」
『九州に援軍を出させないためかのう。』
『ならば、謝礼をふっかけてやれ。』
「良いぞ。ならば美作一国はこちら。伯耆はそちらの取り分ということで手を打とうぞ。それと、麿と毛利殿の仲じゃ。これを世間に知らしめるため、九州での大友殿との戦、麿が仲介してみせようぞ。」
「な、何と・・・それは、その・・・」
「なに、遠慮はいらぬ。美作が手に入るとなれば、麿の機嫌もうなぎ登りじゃからのう。多少の労は厭わぬぞよ。」
「お、お待ち下され。美作も、そうでござるが、大友との和議はもっと・・・」
「何じゃ?いかんのかのう。大友殿と当家もまた縁者。じゃから此度の事、麿も相当胸を痛めておるのじゃぞ?」
「御所様のお立場は、よく承知しておるつもりでございまする。」
「そうであろう。間に挟まれる麿の気持ちにもなってみい。」
「毛利は、一条家との関係が続くことを望んでおりまする。」
「そうじゃの。それは麿も望んでおるぞ。なれば大友との和議を本気で考えよ。」
「はい。美作の話は、主と相談いたしますゆえ、これにて御免仕ります。」
又四郎はそそくさと帰っていった。彼は父同様、酒を飲まないのだろうか?
しかしまあ、天下の小早川隆景も気の毒に、いつも不利な状況での交渉を余儀なくされる。まあ、一条がそれだけ手堅いからなのだろうが。
『しかし、毛利もまさか当家が大友を裏切るなどとは思うておらんじゃろうに、何しに来たのかの。』
『存外、本当に寝返り工作を仕掛けて来たのかも知れんぞ。』
『成功するはずないのにのう・・・』
『まあ、試すだけならタダだしな。それに、こちらの切っ先が鈍るだけでも効果はある。』
『鈍ったかのう。』
『完全な失敗だったな。無理だと分かったから、さっさと撤退したんだろう。』
『しかし、美作はいただけることになったのではないか?』
『いや、取り下げて来るだろう。あれでは一条だけが得をするからな。』
『知らなかったフリをして、勝手に攻め込んではどうじゃ?』
『暗殺されるぞ。』
『忘れるでおじゃる。』
これから、和睦の締結に向けて動き出すことになる。