捜査方針が固まる
御所に帰った兼定は、半次郎親分を呼び出す。
「あ、あの・・・ここが御所でございますか?」
半次郎親分は青ざめて固まっている。そりゃそうだ。足軽風情が気軽に入れる場所じゃない・・・
「まあ、こういう所もたまには良いでおじゃろう。茶でも飲むが良い。」
「これが本物の茶でございますか。」
じゃあ、いつもはどんな茶を飲んでいるのだろう・・・
「まあ、それはそうと、聞き込みの具合はどうじゃ?」
「はい。近所の者や仕事仲間、品物の卸先、出入り先などを洗って見ましたが、評判は散々でございました。むしろ、自業自得と申す者すらいたほどで。それに毎晩、賭場や酒場に出入りし、荒事も多かったとか。」
「そうか。それで、三太に家族はおるのか?」
「はい。しかし、年老いた両親は興津に住んでいるとのことでございました。」
「随分遠いところから出てきたものよのう。まあ良い。それで、麿の方でも調べたが、金貸しのようなこともしておったようじゃの。」
「金貸しですか。あの身なりで・・・」
「そなたでもそう思うか。ならば、素性を上手く誤魔化しておったのであろうのう。しかも、あれが賭場の胴元じゃと聞いた。」
「賭場は中村でも三つほどございますが。」
この小さな町にそんなものが三箇所もあるなんて驚きだ。どんだけ賭け事が好きなんだ?俺のご先祖様たちは・・・
「半次郎も行ったことがあるのか?」
「いや、その、そうでございますね。その、組の仲間たちと何度かは・・・」
「構わぬ。別に責めておる訳ではないでおじゃる。どうせ、賭け事もせぬようでは大人扱いされぬとか、そういう雰囲気なのじゃろう?」
「そ、そうでございます。その、大人の嗜みといいますか。男の器量と言いますか。」
「まあ、そちのことは良い。悪いのは人を殺めた下手人の方じゃ。」
「はい。まことにありがとうございます。」
一応、悪い事だという認識はあるみたいだ。これにも驚いた。てっきり何が悪いのか解らず、ポカンとされると思ったが・・・
「それでじゃ。三太の家から何と32枚もの借用書が出てきての。もちろん、恨んでおるのがそれだけとは限らぬが、そこに書かれた者達は取り調べねばならぬ。」
「承知しました。直ぐに手分けしてやります。」
「それ以外にも、動機のある者は数多いじゃろう。それに、下手人が一人とは限らぬ。少しでも疑わしいと思ったら、残すとこ無く調べるのじゃぞ。」
「分かりました。」
半次郎は再び現場に走る。
借用書の相手方は住所と氏名を一覧にしておいたものを渡した。半次郎自身は字が読めないが、上役の誰かは読めるだろう。
『やっと捜査がまともに動き出したな。』
『しかし、麿の仕事は溜まり放題じゃぞ。』
『まあ、いいじゃないか。親分だって日に日に成長している。あのまま育ってくれれば、中村の治安責任者にしたっていいじゃないか。』
『町のことは、敷地掃部が取り仕切っておるぞよ。それに、字が読めぬと何かと都合が悪いぞよ。』
『それもそうだな。では、喧嘩や事件があったときに、それを取り締まる顔役的な者に育てれば良い。もちろん、普段は足軽のままで。』
『そんな厄介事、引き受けてくれるかのう。』
『その代わり、戦に出なくてもいいことにしてやったらどうだ?』
『まあ、そのくらいは、お安いことではあるのう。それでこの騒動、この後はどうするつもりなのじゃ?』
『まずは動機のありそうな者を徹底して洗い出しする。借用書の名義人はもちろん、賭場や酒場の関係者などだ。金だけで無く酒や女、喧嘩絡みということもあり得る。』
『もう、中村の人間全てが疑わしいのう。』
『そして次に、疑わしい者が当日に何をしていたか、その言い分を証明してくれる者がいるかを一つ一つ洗い出す。』
『それは地道じゃのう。』
『心配するな。やるのは親分たちだ.』
『なら、どんどんやらせるぞよ。』
『だが、それらを全て紙に書いて残さないといけないな。』
『それは敷地に押し付けるぞよ。』
『それならば問題ないな。』
『そして、怪しい者は軒並み拷問に掛けるのじゃな?』
『そんなことをしたら、中将が恨まれるぞ。三太のようになりたいか?』
『それは嫌じゃぞ。慈悲深い神懸かりの評判に傷が付くぞよ。』
『あくまで証拠と理によって追い詰める。』
『そんなことができるでおじゃるかのう。さっさと吐かせれば良いのではおじゃらぬか?』
『人を一人、罪人にするのだ。そんな安易な方法ではいけない。』
『面倒なことよのう。』
『任せておけ。今回は容疑者こそ多いが、構造は単純だ。』
『ようぎしゃ?嫌疑のある者のことか。』
『そうだ。まだまだ忙しいぞ。』
『分かったぞよ。でも、宗珊に叱られん程度に頼むぞよ。』