捜査開始
さて、現場の捜査と被害者である三太の弔いを半次郎に任せた兼定は、一旦御所に帰ってきた。
『結局、堤防の視察が出来なくなってしもうたの。』
『仕方無い。では、情報を整理するぞ。』
『何も麿達がそのようなことをしなくても、半次郎に任せておけば良いのではおじゃらぬか?』
『そういう訳にはいかん。民の安寧は領主の努め、そして下手人を裁くは領主の役目だ。ここで中将が解決できたら、神懸かりの噂が民にも広まる。』
『うん?それはなかなか食指が動く提案じゃの。』
『そうだろう。やってみる価値はある。できなければ半次郎のせいにしておこう。』
『あんまりじゃ・・・』
『では、状況を整理しながら推理していこう。まず、被害者は竹細工職人の三太。歳はおよそ三十才だ。そして、昨夜遅くから今朝丑三つ頃までに犯行が行われた。』
『まあ、忍び込むなら良い頃合いじゃの。』
『中将は夜這いに行っていたから詳しい』
『行ってないぞよ!何故そんな有りもしない話しになるのじゃ!』
『それで、庶民の家だから当然、灯りは無いから暗いはずだな。昨日、月は出ていたかな?』
『早い時間に出ていたと思うぞよ。』
『ならば、月が沈んでからの犯行かも知れんな。それで、この近辺の民は、寝るときに戸締まりはするのか?』
『それはするじゃろう。いや、せんかものう・・・』
『たとえしていたとしても、絶対に入れないようにするのは不可能だな。』
『まあ、庶民の家など、普通は盗る物など、何もないぞよ。』
『そうだ。それに加えて凶器は包丁だ。おかしいと思わないか?』
『何でおじゃろう?』
『普通の庶民が、あんな立派な包丁を持っているのか?それに、包丁で刺して、そのまま逃げている。勿体ないことはないか?』
『人を刺した包丁など、後で使いたくないぞよ。』
『それは中将が金持ちだからだ。別に売り払ったっていいじゃないか。』
『そんなに貴重な物なら、売ったときに顔を覚えられてしまうぞよ。』
『包丁をあそこに残さなければ、包丁か刀か竹槍か、良く分からないのだから、そんな疑いを掛けられずに済む。』
この時代に、司法解剖や科学捜査技術はない。凶器が例え別のものであっても分かるはずがないし、下手人側にも犯罪を隠蔽するような知識や技術は無い。
いやきっと、捜査攪乱の意義さえ見出すことは無いだろう。
『しかし、そもそも何故、殺められたのじゃろうのう。』
『そうだな。まだそこは全く分からんな。普通なら物盗り、怨恨、愉快犯の三つくらいか。』
『愉快犯とは何ぞよ?』
『誰でもいいから殺したくて仕方が無かったというか、人を殺めることが楽しくて仕方無い奴が起こすものだな。』
『なかなか独特な趣味を持っておるのう。』
『中将もそういった趣味があったと後世に伝わっておるぞ。』
『麿と長い付き合いじゃのに、まだそんな事を信じておじゃるか?』
『そう伝わっているだけだ。落ち着け。』
『大体、そんな者なら三好に仕官すれば、年がら年中戦をしているでおじゃる。』
『そうだな。もし、物盗りや愉快犯なら、この一件では済まない。方や生活のため、方や欲求のために、他でも同じようなことをやらかす。』
『そうか。同じような事件が最近起きていたり、次が起きたらそう考えられるということじゃな。』
『あくまで可能性だがな。まあ、数日待てば半次郎が何か掴んでくるかも知れんな。』
そして、三日後・・・
「それで、調べはついたかの?」
「はい。三太の近所の者からですが、あの夜、男と言い争う声がしたとの証言があります。あと、彼の評判ですが、あまり芳しいものではございませんで、酒癖が悪く、近所の者にも悪態をつくような男でございました。ただ最近、金回りは良かったようです。」
「なら、包丁は三太の持ち物かも知れんな。」
「そこまでは分かりませんでした。」
「あと、三太は喧嘩は強かったか?」
「半分ごろつきのような男ですので、弱くは無かったかと。」
『それが包丁で一突きだ。』
『寝込みを襲われたら、誰でもそんなものではないのでおじゃるか?』
『月がなく、真っ暗だったのだぞ?』
『それは相手も同じではないのかのう。』
コイツ、知力がUPしてる・・・
『うん、そうだな。普通、胸を一突きされるということは、相当油断している証拠だから、顔見知りの犯行と考えることもできたが、暗闇ならそうもいかんか。』
『一人暮らしの家に他の人間がいたら、誰でも油断はせぬと思うぞよ。』
『なら、寝起きに不意打ちということだな。』
『それで半次郎よ。疑わしい者は誰かおらんのかの。』
『はい。酒場や賭場にも出入りしていたようで、知り合いはかなり多いと思いますし、ごろつきなら恨みを買うことも多いと思います。』
『これはなかなかの難事件だな。』
『もう、半次郎に任せたらどうなのじゃ?』
せっかく乗りかけた船だ。そういう訳にはいかない。