兼定、事件現場に遭遇する
さて、梅雨が明けたばかりのこの日、兼定は新たに整備された後川の東岸堤防を視察するため、中村の町を移動していた。そんな中・・・
「あの人だかりは何じゃ?」
「何やら、うちの足軽連中もおるの。」
町外れの長屋風の家屋。この時代ではごく一般的な庶民の家屋だ。
『おい中将、何があったが見てみよう。』
『お主、下世話じゃのう。』
『いいじゃないか。どうせ堤防の視察など、すぐ終わるのだから。』
『何故、やんごとなき麿が庶民の事に首を突っ込まねばならんのじゃ?』
最近、コイツが真面なことを言うので、とても困る。
『何を言っている。市井で何が起きているのかを知ることも、領主の勤めだ。』
『しょうがないのう。ちょっとだけじゃぞ。』
車を降りて、近くの足軽に話を聞く。
「そうか。この家の者が殺められたと。」
「はい。ここに住んでいたのは三太という男で、近くで竹細工の職人をしていたとのことです。」
「それはいつあったのじゃ?」
「昨夜遅く。いいえ、今朝早くでしょうか。子の刻か丑の刻くらいだと思います。」
「そうか。物盗り・・・取る物は無さそうじゃのう。」
『おい、家の中に入るぞ。』
『そこまでせんでも良いじゃろう。麿は従三位下じゃぞ。』
『いいじゃないか。たまには違う趣の仕事をしても。』
『本当にしょうが無いヤツじゃ。』
だって、この十年、同じ事の繰り返しだ。さすがに飽きてくる・・・
部屋は入口が土間で中が二間続き。かなり狭い家だが、この時代の庶民の家にしては上出来な部類ではないだろうか。
「まだ遺体がそのままでおじゃる・・・」
「はい。先ほど我々も着いたばかりですので。」
見た所、そんなに年配では無い。20代か30代といったところだ。体つきもそこそこガッシリしている。そして胸には包丁が刺さっている。いや、この時代、包丁と呼んでいたかどうかは知らないが、私がパッと見て包丁と認識できるアレである。この時代、そんな物を庶民が持てたものなのだろうか?
「それで、誰がやったのか見当は付いているのでおじゃるか?」
「へっ?」
足軽は怪訝そうな顔をする。
『おい、まさか下手人を捜さないつもりじゃ無いだろうな。』
『そそそ、そんなことはいくら何でも無いでおじゃろう。そこまで中村の町は無法では無いぞよ。』
『そういう役人がいるのか?』
『まあ、幕府や守護がきちんとしていた頃は所司代や奉行人がおったのじゃが、今は刑部が取り仕切ることにしておるな。』
『備後守はそんな仕事もしていたのか。』
『もちろんじゃ。実際の下手人捜しは足軽達がやっている・・・はずじゃぞ?』
『えらい自信なさげだなあ。それにそこの足軽も要領を得ているようには見えんぞ。』
『麿にそんな事言われても・・・』
『とにかく下手人捜しだ。これじゃ危なくて夜もおちおち寝られんだろう。』
『御所の警備は万全ぞよ・・・』
『つべこべ言うな!』
『分かったぞよ・・・』
「そこの足軽、名を何という。」
「半次郎でございます。」
いいじゃないか。半次捕物帖。
「半次郎がここの頭ということで良いでおじゃるか?」
「ええ、まあ、はい・・・」
何か、とても頼りない・・・
「では、下手人をそなたが中心になって探すのじゃ。良いな。」
「はい!」
「それで、半次郎はどこの組におるのじゃ?」
「中村衆で本村に住んでおります。」
「ほう、山路の組じゃの。」
「はい。兵庫様にお仕えしております。」
「では、今からやるべき事を・・・えっと・・・紙に書くからの。」
「申し訳ございません。それがし、字は・・・」
「分かった。では、山路に読んでもらえばよい。御所からの命じゃと言えばよい。」
「分かりました。」
「ではの・・・まずは、近所の者に、大きな物音、叫び声、下手人らしき者を見なかったかを聞く。次に、家の中に何か大事な物があるかを探し、あれば丁寧に保管する。そして、この者の普段の生活、友人や家族、借金や恨まれ事、金回りや酒癖、女癖がどうだったかを聞く。包丁は丁寧に保管し、今の状態を組全員で覚えておく。そんな所じゃの。」
「はい。分かりました。」
「それで半次郎よ。そなたから見て、この者は誰かと争ったように見えるかの。」
「はい。でも、正面から刺されています。」
さあて、見た目はバカ殿、頭脳は子供、知力7の名探偵、見参!