やっぱり毛利、怒る・・・
戦が終わってすぐ、宇喜多家に土居宗珊を送り、今後について協議を行った。
間違いなく毛利は抗議してくるし、備中を返せと言うに決まっている。
ただし、古今東西、はいそうですか、とはならないのが領土交渉である。だからといって、毛利と一戦交えるのは御免被る。
結果、宇喜多家は一条家に属するという形を取ることに決まった。「もう一条になったから許してね」論法である。屁理屈もいいところで、逆だったら絶対に切れる案件だが、こうする他ない。直家としても、ここで一条に見放されたら自分が矢面に立つので、何かすんなり傘下に加わりやがった・・・
どのみち、毛利は怒っても本気では出て来ない。それどころではないのだ。
それに山陰や美作方面での権益が確保されれば、それ以上文句を言わない可能性すらある。こちらとしては、そこを突破口にするしかない。なんて考えているうちに、毛利方から使者が来た。
「久しぶりじゃのう、又四郞殿。五年ぶりかのう。」
「お目通りが叶い、光栄にございます。一条御所様におかれましては、ご機嫌麗しゅうお見受けいたし、大変良きことかなと存じております。」
「それで、早速ではあるが又四郎殿。此度の不手際、いかがなされるおつもりかのう?」
「ふ、不手際とは異な事。毛利としては宇喜多の暴挙こそ、貴家の大きな不手際と存じますが。」
よし、先制攻撃は決まった。こういう相手はまず、冷静さを失わせるべきなのだ。
「はて、なんのことやら?宇喜多は攻められたから攻め返しただけ。我らは宇喜多から救援要請があったから赴いたまで。不始末などありはせぬぞよ。」
「しかし、三村が我が庇護下にあったことは承知の上でござろう。」
「だからこそ、此度の戦は私闘ということに定義づけしたのじゃ。そうでないと毛利と一条の代理戦争と言われても仕方の無い事になるからの。」
「残念ながら、既にそうなっておりまする・・・」
『おい中将、ここから少し声色を変えて、低い声を出せ。』
『分かったぞよ。練習したアレじゃの。』
「小早川殿。口にはご注意なされい。」
「っ!・・・これは失礼仕った。」
「まあ、それは戯れ言と受け止めようぞ。」
「まこと、申し訳のうござった。」
そりゃあ、決裂即大友との挟み撃ち決定だもの・・・
「此度の戦、三村が先に手を出したは明白じゃぞ。そして宇喜多は一条が盟友。だからこそ、こうして戦後の処理を互いに膝をつき合わせて考えておるのじゃぞ。」
「そのとおりにございます。しかし、一条家が備前に出兵するは、いささか過剰な振る舞いではなかったかと存じます。それが無ければ私闘で済み申した。」
「何か、思い違いをしておるようじゃから、かいつまんで説明するぞよ。まず、一条は三村と一切交戦しておらぬ。到着した時は既に大勢は決しておった。次に、当家は最初から備前を制圧するつもりじゃった。そのために、あらかじめ宇喜多を我が陣営に引き込んでおったのじゃ。つまり、三村が攻め入る前から、宇喜多と当家は盟友の関係じゃった。毛利殿に送った書状に、宇喜多は盟友と書いてはなかったかの。」
「確かに、記されておりましたな。」
「なのに、返答が今日とは、いささか時間を掛けすぎたでおじゃるな。」
「こちらも慎重に対応を検討する必要がございましたゆえ、誠に申し訳ござらぬ。」
「まあ、なってしまったものは仕方無い。それで、和睦に異議は無いでおじゃるの。」
「もちろん。これ以上戦火が拡がることは、当家としても避けたく存じます。」
「ならば、これにて仕舞いじゃ。こちらもこれ以上攻めぬよう、宇喜多殿に伝えるゆえ、毛利家からも三村に対して戦をせぬよう、お願いするぞよ。」
「それで、三村が失った備中の領地についてでございますが。」
「本日時点の戦線が、新たな領地境よ。」
「それでは遺恨が残ります。このような事は、二度とあってはなりませぬ。」
「二度とあってはならぬはそのとおりじゃが、攻め取った領地をそっくりそのまま返した例を、麿は知らぬ。では聞くが、立場が逆なら、領地を宇喜多に返したかえ?」
「もちろん返します。」
「なら、尼子にも出雲と石見を返して見よ。さすれば麿も宇喜多に備中を返還させるぞよ。」
ハッタリのかまし合いだ・・・
「尼子は関係無き事・・・」
「戯れ言よ。しかし、後から返すつもりで戦をする者はおらぬし、今回は私闘でおじゃる。それに三村が先に手を出し、麿が書状を送った後、これほど間が空いたゆえ、備中の半分を失った。これが現実じゃぞ。」
「しかし、それでは当家の面目が立ちませぬ。」
「ならば、このまま戦を続けさせるか?三村は滅びるぞよ。それを止められるのは毛利家のみじゃし、此度の事は他の国人に対する教訓にもなろう。」
「分かり・・・申した。」
「では小早川殿。此度の騒動はこれで仕舞いじゃ。これからは互いに麾下の指導を徹底し、このような事が起きぬよう、努めることとしようぞ。」
「美作で同じ事が起きてはいけませんからな。」
「宇喜多には、毛利に臣従した国人には手を出すなと、厳に伝えておく。」
「では、美作には手を出さぬと。」
「赤松や浦上に靡いておった国人はその限りではないぞよ。そこは宇喜多次第じゃ。」
「承知いたしました。」
「それと、またぞろ九州で戦を始めたようじゃが、それも和議の口利きをした当家に泥を塗る不始末。再び和議を結ぶなら口を利いてやっても良いが、塗った泥はそちらで拭うてもらわんとの。」
「分かり申した。」
こうして、小早川隆景は帰って行った。今回もまた、歓迎の宴は無かった。
『のうのう、麿の交渉術、なかなかに手慣れたものであったろう?』
『上出来だ。あの知者に一歩も退かなかったのだから、戦の勝利に並ぶ手柄だ。』
『宇喜多にも大いに恩を売ったしの。』
『これで兵も撤収できる。後は摂津の動きに注意しておけばいい。』
『しかし、さすがは悪霊よの。口だけは良く回る。』
不動産屋の交渉術を舐めるなよ・・・