子供の時間
季節はすっかり春。
田植えも始まり、人々の顔も忙しい中に喜びが溢れる。
「万千代への手紙は書けたかのう。」
「はい。良い文が書けました。」
「もう七つ半じゃからのう。自分で読めるようになったかも知れぬのう。」
「そう思いまして、難しい字は避けました。」
「それはあの子も喜ぶであろう。あの子には一人でいろいろな物を背負わせてしもうたからのう。」
「でも、御所様も同じだったのでしょう?」
「確かに麿もそうじゃったが、麿の場合はそうするしかなかったからのう。それが最善なら、納得もできるというものじゃ。」
「万千代もきっと分かってくれます。それに、案外向こうの水の方が合っているかも知れません。」
「帰って来てくれなければ、それはそれで困るがのう・・・」
「元服まで、あと六年か七年くらいでしょうか。」
「一番可愛い時に、母と子を離してしもうて、済まぬことをしたぞよ。」
「いいえ。武家なら当たり前のことですので、覚悟はできておりました。それに、万千代のお陰で、他の子は救われたのです。あの子には、帰って来てからその分を返してあげたいと思います。」
「そなたは偉いのう。麿は万千代になじられたらどうしようと、そればかり心配しておじゃるが。」
「大丈夫です。あの子にとっても必要な事ですから。きっと分かってもらえますよ。」
「麿も・・・文を書こうかの。」
兼定も悩みながら文を書く。
「書けましたか?」
「うむ。なかなかの出来映えでおじゃる。総領様にも礼状を書いたぞよ。しかし、宇喜多や小寺に書くよりよほど難しかったぞよ。」
「まあ、それは難敵でございましたね。」
「麿は負け戦続きぞよ。お松がおらぬとどうにもならん。」
「それは大変でございます。松も加勢いたします。」
「うん。万千代相手にそなたは欠かせぬの。」
向こうでグズる声が・・・
「そろそろ敵の大軍がお目覚めじゃ。秀も呼んで迎撃態勢を取らねばならぬ。」
「では、文は使いの者に預けて参ります。」
そして、子供たちが昼寝していた部屋へ・・・
「おうおう、やはり声の主は峰であったか。」
「ととしゃま、だっこ・・・」
「良いぞ良いぞ。まだ皆起きておらぬから、お峰がととさまを独り占めじゃ。」
峰がこちらに歩いてくる。それはいいのだが、寝ている志東丸を踏み越えてくる。
「これこれ、志東が起きてしまうぞよ。」
「だっこ~!」
「うん・・・いたい・・・」
「しもうた。ガキ大将が起きてしまう。ほれほれ、まだおねむの時間じゃぞ。できれば夕餉まで寝ていてたもれ。」
「ちちうえ~、うわぁ~ん!」
そう、此奴は寝起き最悪なのだ。
その声を聞いて、鞠と二人の赤子もお目覚め、いやギャン泣きを始める。
「おうおうよしよし、でも、麿一人では手が足りぬぞよ・・・」
「ととさま抱っこ!」
「お峰よ、そう怒るでない。」
「ちちうえ、志東も抱っこを所望するでおじゃる。」
「志東、あなたはいつもととさまに甘えすぎです。たまには姉に譲りなされ。」
お雅参戦・・・
兼定は子供四人の下敷きになる。その傍らには、泣き叫ぶ赤子二人。
○○さん一家子供十人も真っ青な地獄絵図である。子供養育スキル皆無の兼定しかいないのだから、当たり前である。
「もう、誰でも良いから助けてたもれ。」
「まあまあ、これは大変ですね。」
お秀が世話係の女中を連れて来てくれた。
「助かったぞよ・・・」
「御所様、せっかくのお化粧が乱れておりますよ。」
「志東丸の顔は白粉まみれになっておるのう・・・」
「ちちうえ、へんな顔。」
「誰のせいじゃと思うておるのじゃ!」
「まあまあ、皆さんよいお目覚めでしたか?」
「はい、母上。でも何故か、父上だけはお怒りでございます。」
「それは大変ですね。では、志東が父上の肩を揉んで差し上げると、ご機嫌が治ると思いますよ。」
「はい。お雅にお任せを。」
お峰は膝の上、二人の稚児はそれぞれの母が、志東丸はマッサージ。お雅は鞠を抱きかかえ、ようやく静かになった。
「これも幸せというものかの。」
兼定は、父としても成長中である。