元親とお秀
軍議と宴も終わり、御所も落ち着きを取り戻したこの日、領地に帰る前の元親は、妹と一時を過ごす。
「兄上、もうご領地にお帰りになるとか。」
「もう少しゆっくりできれば良いが、領地のことも、お役目も立て込んでおってな。なかなかゆっくりした時間が取れぬ。」
「お登志殿と千雄丸様は息災でございますか?」
「ああ、二人とも元気じゃ。儂も後継ができて安堵しておる。もうすぐ二人目も生まれるしな。」
「それは、ようございました。」
「ただな。登志は讃岐四郡では満足しておらぬ。全く、儂より武将に向いておる。」
「それは、励み甲斐がありますね。」
「そういうところは、秀に似ているかも知れんな。」
「そうでしょうか。私では登志様には敵わないと思いますが。」
「そなただって、御所様が四国だけでは足りぬと思っておるのではないか?」
「もちろん、我が夫の才は四国から溢れ出ておりますね。でも、私は夫が思うがまま振る舞っていただければと思っております。」
「秀も変わったな。」
「私も大人になったということでしょうか。」
「それもあるし、母になったということもあるだろう。しかし、それだけでは無いな。」
「そうなのですか?」
「ああ、儂は父上もそうだったが、弥五郎(親貞)のような者はちと苦手でな。」
「兄上は弥七郎兄様(親泰)や弥九郎兄様(親益)とばかり、遊んでおられましたね。」
「別に嫌いな訳ではないがな。」
「そして、私もどちらかというと、父に似ていますものね。」
「まあ、そんなところだな。」
元親が最も慕っていたのは、一番上の姉である。不幸にして本山氏に嫁いだばかりに、今は不遇な生活を強いられてはいるが、彼女の子である本山親茂は一命を許され、元親の家臣となっている。
「しかし、主家に嫁いでそなたは変わった。しなやかさを身につけたと言えばいいのか。奥が深くなった。」
「それは御所様のお陰ですね。」
「御所様はそんなに凄い御仁なのか。」
「はい。あの方は一見すると、ただの家族想い、子煩悩なお人好しに過ぎませんが、民に対しては常識で、敵に対しては常に猜疑の目で当たります。そして、戦においては先陣を切る胆力と、常に謀から入る慎重さと、圧倒的な力を持つお方です。」
「随分、御所様を買っているようだな。」
「生涯お仕えするに相応しいお方です。」
「そうか。一番近くにいるそなたが言うなら、間違いないだろうな。私はなかなか本質が見えにくい御仁と感じ、はっきりした評価を下したことは無かったが。」
「さすがは兄上でございます。皆が神懸かりと妄信する中でも冷静さを失わない姿に、感服いたします。」
「それでも、御所様への気持ちは変わらぬようだな。」
「はい。御所様のお優しい部分は、時として凡庸に見えてしまうものです。でも、講じる策は穏やかながら、常に計算されたものです。」
「そこは、宗珊殿の手腕かと思うたが・・・」
「もちろん、全てが御所様の策ではございません。宗珊殿の発案もございますし、宗珊殿が御所様の威光を使って家臣を上手く誘導していることもあるでしょう。しかし、御所様はそれを分かった上で認められていると思います。」
「確かに、御所様は大物ではあるな。」
「ええ、寛容ですし、家臣を大切にされる方ですね。」
「そこに異論は無いな。分かった。」
「これからも、両家のためによろしくお願いしますわ。」
「お秀がそう言うなら是非も無い。任せておけ。」
「ありがとうございます。」
「それで、峰と幸寿丸の行く末は考えているのか?」
「兄上、まだ早すぎますよ。でも、当家には男の子が四人もいます。徳島、松山、河内だけでは、足りませんわねえ。」
「何だ。儂にもっと働けというのか?」
「甥っ子のためです。」
「ハッハッハ!そうだな。しかし秀もねだるのが上手くなったな。」
「私だって、少しは成長するのですよ。」
「そうか。そなたの顔を見ていたら、主家が良い所だと分かったわ。父も心配はしておったが、杞憂に終わって何よりだ。」
「ご心配なく。」
「では、近いうちにまた会おう。」
こうして、元親は讃岐に帰って行った。
「そうか。そのような話をしたのか。」
「はい。普段はあまり表情を出さない兄ですが、とても上機嫌でした。」
「あの者も、類い希なる深慮な男じゃからのう。長宗我部の者は皆、一筋縄ではいかぬ。」
「私はいつも一筋ですよ。」
「お秀よ、そういうとこじゃぞ?」
仲睦まじそうで、何より・・・