山狩り
別に、兼定が本陣にいる必要はない。
城から僅か一里ちょっとの距離なのだ。しかし、それは四国の主であり、無敗の名将である彼の矜持が許さないのだろう。私は別にどうでも良いが・・・
『おい、いくら何でも鉄砲隊は下げろ。』
『しかし、悪霊もあの強さを実際に見たであろう。』
『だからといって、何も悪事を働いていない者を殺める訳にはいくまい。』
『兵が多数、怪我したぞよ。』
『そりゃあ、百人の甲冑兵に囲まれたら必死にもなるだろう。』
『どうせ、近隣の畑を荒して食ったに違いないぞよ。』
『ここでは野菜泥棒は死罪なのか?』
『いや、そんなことは無いが?』
鉄砲隊は下げさせた。
本陣のある橋上村から西は、伊予まで全て山である。ここに逃げ込まれたら、千人でも追うことはできないだろうということで、東に絞って山狩りをすることになった。
まず、半数の四百が東の山に登り、延光寺方向に押していく。そして残りの半数は、山狩り隊の動きに応じて、下流方向に移動するという方法を採った。ちなみに、山の反対側、つまり南側斜面は、すぐ下を街道が通っており、山も浅く、隠れるのに不適であるので、松田川に面した斜面に人員を集中させている。
程なくして、延光寺の境内に鬼が現れたとの一報が入る。さすがは札所。参拝客はそれなりに多いのだ。
伝令を出し、上流の坂本の兵を橋上まで下げて包囲網突破に備える一方、麓の四百を延光寺に向けて登らせた。また、宿毛城で待機していた騎馬兵を平田に急行させ、平田の騎兵を延光寺に向かわせた。
鬼はここで巧みな逃亡を図ったようで、西に延びる尾根沿いを押ノ川方向に逃げ出した。
何せ、片や甲冑を着込んだ足軽。鬼は身軽な野良着姿である。単純な足では敵わない。
しかし、延光寺に到着した騎馬兵が西にとって返し、二ノ宮という所で待ち伏せた。
これにより、逃げ場を失った鬼は、松田川を渡ろうとするが、弓兵に囲まれて抵抗を止めた。さすがは騎馬兵だ。
こうして、重松弥八郎は宿毛城に連行された。
やはり、兼定は城で待っていれば良かったのだ・・・
城に到着すると、庭先に弥八郎がすでに座らされていた。
「これ、その者は罪人ではないし、麿の家臣の倅じゃ。縄を解いてやるのじゃ。」
「しかし、危険でございます。」
「弥八郎よ、暴れぬと約束すれば、縄を解くぞよ。」
「はい。暴れません。」
縄は解かれ、事情聴取が始まった。
「四日前の晩に橋上村で大立ち回りを演じたのは、そちで間違いないか?」
「はい・・・間違いございません。」
「そうか。別に怒っている訳ではないぞ。あの時のそなたの立ち回り、まこと天晴れであった。まさか助左衛門が押し負けるとは思わなんだぞよ。」
「はい・・・」
「ところで、何故あんな所におったのじゃ?」
「はい。父と日頃から折り合いが悪く、夏頃に喧嘩になって、家を飛び出したものにございます。」
「腹も減ったであろう。何を食っておったのじゃ?」
「その辺に成っていた物を・・・」
「まあよい。しかし、今は良いが、冬は野宿という訳にはいかんぞよ。」
「炭焼き小屋を転々とするつもりで・・・」
「そうか。それで、父の屋敷に帰るつもりはあるかの?」
「助けて、いただけるのですか?」
「別にそちを罪人として捕まえた訳では無い。ただのう、麓では鬼が出たと騒ぎになっておっての。そちにあのまま山に居てもらっては、困るのじゃ。」
「分かりました。しかし、父の元には・・・」
「では、麿に仕えるか。父には上役の安並から話をさせよう。」
「本当でございますか?」
「そなたの武勇、まこと見事でおじゃる。その分なら十分な戦働きも期待できよう。」
「はい。頑張ります。どうか、お願いします。」
「では、これからよろしく頼むぞ。そうじゃ!麿に仕えるのを機に、名を変えてはどうじゃ。そなたは鬼神がごとき強さゆえ、鬼八郎と名乗るのじゃ。」
「それは・・・あ、ありがとうございます。」
「うむ。重松鬼八郎か。良い名じゃ。敵もおののく将になるのじゃぞ。」
「はい。このご恩、生涯忘れません。」
こうして、多分武勇90台の武将が家臣に加わった。