兼定、鬼に遭遇する
さて、捜索一日目は何の成果も得られず、暗くなったため、村で野営する。
いやまあ、山の中で兼定が足を引っ張らなければ、もう少し広範囲を調べられたとは思う。
普通、やんごとなきお公家様は、野宿など絶対にしてくれないものだが、この方は言えば素直にごろ寝してくれる。そういった意味では素直でいい男だ。
『夜になると過ごしやすくなったのう。』
『いい月夜だ。こういうのも、たまには趣があっていいな。』
『大森の合戦以来かのう。』
『あれは敵に見つからぬよう、小さくなっていただけだから、風流さには欠けたな。』
『悪霊よ。あの時の恨み、麿は生涯忘れぬぞよ。』
『何を今更・・・』
突然、ガサッという音が背後の山で響いた。
「何の音だ?
「山犬か?熊か?」
「分からんが、相当大きく重い音だ。」
「ウワァーッ!」
「で、出たぞ!鬼だ!」
一気に陣に緊張感が走る。そしてたちまちガシャガシャという、甲冑特有の金属音があちこちで響く。しかし今は夜。見張り以外は急いで甲冑を身に着けている。
もちろん総大将も・・・
鬼は本陣のすぐ脇の山から下りてきて、すぐ側にいた兵の一人を突き飛ばした。なかなかの怪力振りである。だがこちらは百人、いや、今は20人ほどだが、それでも数だけなら圧倒している。
そして、もう一人の兵が槍を突き出すが、これをひらりと躱した鬼は槍を掴み、これを振り回す。耐えかねた兵は吹き飛んで、他の仲間を巻き込んで倒れる。
スピードもパワーも規格外である。多分、武勇90台だ。
「囲め!取り囲むのだ!」
今回の副将である、組頭の宗竹助左衛門が叫ぶ、彼は近隣の出身であり、地理に詳しいとして抜擢されたものである。
しかし、月夜とはいえ夜。しかも狭い山道で大男を囲むというのは容易ではない。
そう、槍を存分に振るうには制約があるのだ。
「構わぬ。一斉に突っ込め!」
足軽達は息を合わせて二度、三度と突きを喰らわせるが、これを巧みに避け、一番山肌近くにいた兵へ一気に距離を詰めるとはね飛ばした。
そして、そこから槍を振り回すと、そこにいた兵は皆、吹き飛ばされた。
うん。これはどっかで見たことがある。そう、三国志だ。あの武将が槍を一振りすると何十人もの甲冑兵が吹き飛ぶアレ。いや、確かに弾き飛ばされているのは三人だが、それでも人並み外れている。
そうして生まれた隙を突いて、鬼がこちらに走ってくる。いや、コッチかい!
兼定はやっとのことで甲冑こそ着たものの、周りには兵が二人しかいない。
『おい、安全な所に逃げろ。早く!』
「ひぃ~や~っ!いやじゃ~っ!鬼が来る!誰か助けてたもれ~っ!」
兼定は逃げる。そして転ぶ・・・
「グヘッ!」
これが彼の最期の言葉なら笑えるが、残念ながらそうではなかった。
兼定越しに黒い疾風が走り、と思ったら振り返り、兼定が落とした刀を拾って再び走り出した。
そこに、宗竹助左衛門が追いつき、刀を抜く。
ジリッ、ジリッと互いに間合いを詰め、両者一気に斬りかかる。そして二合、三合と刃を交えた後、下がって間合いを取る。この頃になってようやく弓兵も駆けつけたが、宗竹がいるので射ることができない。
結局、周囲の兵は固唾をのんで見守ることになる。
さらに宗竹が踏み込んで袈裟懸けを見舞うが、鬼はこれを受け止め、彼をはじき返す。 宗竹がよろけて下がった隙に鬼は逃げ出し、そのまま暗闇に消えてしまった。
「御所様、大丈夫でございましたか。」
「おおお、鬼が、鬼がおった・・・」
「御所様、ご無事で何よりでございます。」
「う、うむ。皆の者、ようやったの。」
「申し訳ございません。あと一歩のところで、鬼を取り逃がしてしまいました。」
「いや、構わぬ。とにかく、明るくなってから陣を立て直すのじゃ。今は怪我人の手当が先じゃ。」
「はっ!御意にございます。」
一条軍は、明るくなるのを待って陣を畳み、宿毛城に帰還した。
結局、この鬼退治、死者こそでなかったが、骨折、打撲、ねんざなど重軽傷者21名を出して失敗に終わった。