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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

失踪

作者: 根手羽 花鈴

「幸子が行方不明なの」

昼頃、妹がオロオロした声で電話をかけてきた。姪の幸子がいなくなったらしい。

「行方不明って、今日は幼稚園行ってたの?」

「昨日から熱があってお休みしてたの。コンビニに買い物に行って帰ってきたらいないの。お姉ちゃん、どうしよう」

「どうしようって、家の周りは探したの? 家の中は?何時にいなくなったの?」

私は矢継ぎ早に質問する。

「家にも、周りにもいない。もう4時間は探してるのに、どこにもいないの。」

妹が答える。

「ナオさんは?ナオさんには連絡したの?」

妹の夫の直也は会社員だ。朝、会社に行っていれば知っていることはないだろうが、もしかしたら行先に思い当たる所があるかもしれない。

「してない。しなくちゃダメ?怒られるかも・・・」

「しなくちゃダメでしょ。それから近くの交番に行って娘がいないこと言いなさい。保護されているかもしれない」

電話しながら頭の中で今日の予定を考える。医者に行く予定があるからキャンセルしよう。

「これからそっちに向かうから、あんたもオロオロしないでしっかりしなさい。お友達の家にも連絡して行ってないか聞いてみて。連絡つくように携帯持って、心当たりを探しなさい。見つかったら、すぐ連絡して、2時間くらいで着くからしっかりしなさい」

電話を切ると大急ぎで支度して家を出た。妹の家は東京のはずれ、駅からも遠く、私の家のある横浜からは2時間くらいかかる。駅で病院にキャンセルの電話を入れ、電車に乗る。平日の昼時、電車は空いていて席に座ることができた。

座って息を整えていると自然と今年の夏休みのことが思い浮かぶ。妹が姪の幸子と幸子の姉の直子の手を引いて3人で私の家に遊びにきたのだ。今年の夏はやけに暑かった。3人とも汗ダラダラになりながらやってきた。幼稚園生の幸子には2時間の距離は疲れただろう。途中グズって妹の機嫌を損ねたらしい。妹は声を荒げて私に行った。

「もうこの子はグズでちゃんと歩かないから遅くなっちゃた。ホンット駄目な子だよ」

3人が手を洗うと私はタオルを渡しながら、母親に罵倒されて小さくなっている幸子に声をかけた。

「小さいんだから早く歩けないよね。疲れたでしょう。よく来たね。頑張った。偉いね」

そして幸子の汗まみれの顔と頭を拭いてやった。3人にジュースを出してやると妹の愚痴大会が始まった。

「ほんとに幸子にはイライラしちゃう。家を出る時もトイレに長く入ってて出るのが遅れるし、歩くのは遅いし、直子はちゃんとしてるのに、いっつもこの子はグズでバカ」

私は妹に呆れて言った。

「直子は幸子より5歳も年上でしょ。4歳が9歳と同じようにできるはずないでしょう」

それでも妹の罵倒は収まらなかった。

「直子は電車でも大人しく座っているのに幸子は窓の外を見ようとしたりチョロチョロ動いてホンット嫌になる。留守番させればよかった」

それを聞いて幸子は泣きそうになっていた。

「留守番って言っても幼稚園の子1人で置いてこれないでしょう。夏休みに3人で来るのを私も待ってたよ。もう着いたんだからグズグズ言ってないで楽しい話を聞かせて。2人とも前に会った時よりお姉さんになって、オバチャン嬉しい。学校や幼稚園の話を沢山聞かせてね」

私と妹は10歳も歳が離れている上に、妹が7歳の時、母が急逝してしまい、それから母親代わりに私が妹を育ててきたので姪と言っても半分、孫のような気持ちで見てきた。年に2回お盆と正月に帰省するように我が家にやってくる。子供たちは育ち盛りで会うたびに成長しているのが嬉しかった。幸子はまだ赤ちゃんらしさが残っているが、直子はもう少女で顔立ちがとても美しい。妹は自分に似たと言って自慢しているが私から見れば父親似で、幸子の方が母親に似てるのに、なぜか幸子に辛くあたる。しばらく近況報告などしていると妹は疲れが取れたのか急に言った。

「お姉ちゃん、幸子見てて。直子と買い物に行ってくる。たまには2人でゆっくり買い物したいの。直子は幸子と違って美人だから服を買うのも楽しいの」

それを聞いて幸子は、また泣きそうになっていた。私は幸子の前で酷いことを言うと思いながら、妹も子育てで疲れているのだろう。たまには息抜きをさせてやろうと思い言った。

「行っておいで。幸子はオバチャンと遊んでようね。なにしようか?新しいおもちゃも買っておいたよ」

そう言って幸子のために用意しておいたミニカーを並べた。幸子は女の子だけど車が大好きだ。妹は女らしくないと気にいらず、おもちゃも姉の直子のお古の人形しか与えないので、幸子は目を輝かせて遊び始める。その間に妹と直子を買い物に行かせた。しばらく遊ぶと自分が置き去りにされたと気づき幸子はべそをかき始めた。私は気をそらそうと話しかけた。

「幼稚園は楽しい?先生の名前はなんて言うの?」

「先生は安東先生、ピアノが上手なの。サチコもピアノが弾けたらいいなぁ」

幸子の答えに、私は今年結婚して家を出た私の娘のピアノのところに幸子をつれて椅子にすわらせ自由に弾かせてみた。ポロロンと曲にならない音を幸子が弾いた。私は幸子の手を取ってドレミファソラシドを教え、今、子どもに流行っているアニメの曲を弾き、幸子の手を取って弾かせてやった。幸子は目を輝かせて必死に弾いていた。やっとサビの部分が弾けるようになる頃、夢中で弾いていたせいか、汗びっしょりになっているのに気づいた。

「幸子汗びっしょりだね。今のうちにお風呂に入っちゃおう」

幸子はモジモジして服を脱がなかった。

「オバチャンも入るから恥ずかしくないでしょう。この前も一緒に入っ・・・・」

幸子の服を脱がして背中が痣だらけなのを見て私は息を呑んだ。服に隠れている部分、特にパンツの下、腰から臀部の痣が酷く薄黄色の治りかけやドス黒いもの、青々としているものなどが点在していた。これは何。誰がこの小さい子を殴っているのだ。ナオさん?それならまず相談するだろう。妹?妹が!姪を殴っている。私は目の前が暗くなり、目眩をおこした。まさかそんなことが何かの間違いであって欲しい。心の底から願ったが、でもいつもの罵倒ぶりから妹がしていると本能的に確信した。

「オバチャン泣いてるの?」

幸子の声に我に帰った。幸子を裸にしてバスルームで私は泣いていたらしい。

「大丈夫だよ。ゴメンゴメン。さあ早くシャワー浴びちゃおう」

素早く服を脱ぐと、痛くないように気をつけながら2人でシャワーを浴び、湯船の中でシャボン玉で遊んだ。

風呂から上がるとまだ妹と直子は帰ってきていなかった。幸子に冷たい麦茶を飲ませると幸子は疲れたのか昼寝をした。その寝顔を見ながら、なぜ、どうして、と私の頭の中は疑問で一杯だった。ほどなくして妹が上機嫌で帰ってきた。直子も昼寝させるとまた愚痴を言い始める妹を制して私は言った。

「あんた幸子を殴ってるの?」

眠っている幸子が着替えさせられているのを見て察した妹が

「勝手に着替えさせて、なに言ってんの。あの子は蒙古斑がひどいのよ」

と言う。私はカッとなって言った。

「私だって子どもを育てたことあるのよ。蒙古斑じゃないことぐらい一眼でわかる。ばかにしてるの?誤魔化さないでどう言うことか話しなさい」

すると妹は急に泣き出して

「幸子にはイライラするのよ。大人しくできないし、チョロチョロして」

と言った。

「だからって、あんなになるまで殴るなんて可哀想」

と私が非難すると

「子どもは言っても通じないんだから、犬猫みたいに殴って躾けるしかないのよ」

と妹は言い放った。

「なんてこと言うの。後悔してないんだね。それなら幸子は私が預かる。少し頭を冷やしなさい」

カッとして私も言い返してしまった。

すると妹は

「じゃあ、幸子は置いていくから、よろしく」

と言って直子を起こすと家に帰ってしまった。幸子は目を覚ますと自分が置き去りにされたのに気づいて泣きだした。

私は不憫で

「ママは急に用事ができて急いで帰ったの。幸子は良く寝てるから起こすのが可哀想って言って。しばらくオバチャンの家で暮らそうね。」

と言ったが幸子は泣き止まない。あんなに殴るような母親でも、これだけ慕われているなら悪い母親ではないのかもしれない。私は幸子を膝の上に抱き上げ、あやしながら考えた。その後10日ほど幸子を預かったが、毎晩、幸子が

「ママ、ママ」

と泣くのと、幸子の父親のナオさんが迎えに来ると言うので幸子を家に帰した。その時、それとなく妹が幸子を虐待しているのに気付いているのか聞いてみたが父親は全く気づいていなかった。それなら妹は時々、幸子を殴る程度で夫の前では殴ってもいないし、他の虐待はないのだろう。なにより幸子があれほど恋しがっているのだから悪い母親ではないのだろうと自分に言い聞かせた。あれから2ヶ月、少し涼しくなってきて私の心配も薄れてきた頃にこの事件だった。

2回電車を乗り換えて妹の家に着くと妹がパニクって

「お姉ちゃん、まだ見つからない」

と言う。ちょうど交番の巡査が来ていて詳しい話を聞き取りしているところだった。妹の家には数回、来たことがあるがいつもきちんと片付き、綺麗に整頓されている。今日も幸子が寝ていたと言う布団が和室に敷きっぱなしになっているが他は整頓付きな妹らしいきっちりと片付いた部屋だった。これで部屋の中を探したのだろうか?私はすこし違和感を感じた。その後、夫に電話してしばらく妹の家に泊まる許可を得た。妹は憔悴して家事ができない様子だったので代わりに家事をして、警察や幼稚園の連絡だけを妹にさせた。

2日ほど幸子は見つからず、警察犬による捜索が始まると呆気なく幸子が近くの河川敷で衣類収納ボックスに入れられて薮の中に放置されているのが見つかった。収納ボックスには遺体を隠すために土がぎっしりと入れられていた。遺体は季節がら腐敗が始まっていたが、まだ幸子ということは目視で確認できた。妹は幸子が見つかると半狂乱になって私は必死で妹を宥めた。

宥めながら私は嫌な予感がした。もしかしたら妹が幸子を殺したのでは?少し殴るつもりがやりすぎて死んでしまったのでは?それで収納ボックスに入れて捨てたのでは?そう思ったのは収納ボックスが妹の家で使われているのと同じだったからだ。

そんなはずはない。

自分で産んだ子を殺して捨てるなんて、そんなこと妹がするはずがない。

私は必死で嫌な予感を押し殺した。私に連絡してきたではないか、妹は必死で探していた。あれがアリバイ作りのはずがない。

そんな私の祈りも虚しく妹夫婦は警察に呼ばれた。

私は直子と家で待っていると児童相談所の職員と警察官が数名やってきた。直子に話が聞きたいという。私は父母がいないところで直子の取り調べのようなことなら了承できないと言ったが、両親は警察にいるので仕方ない、警察には捜査権があるのだというような事を言われ、私も立ち会いのもとでならと直子と話す事を了承した。

女性の警察官が直子に聞く。

「学校は楽しい?」

「・・・」

直子は無言だ。

「楽しくないのかしら?担任は田中先生よね」

私は短期間で直子の先生まで警察が知っているのを聞いて驚いた。

「クラスでいじめがあるそうね。男の子たちからいじめられていると聞いたけど大丈夫?」

直子がいじめられているのは初耳だったので私は驚いて直子を見つめた。直子はバツが悪いのか、誤魔化すようにニヤニヤしてる。直子の綺麗な顔が酷く歪んで、醜く見える。この子はこんな表情をする子だったのか。

警察官が続けていう。

「首絞めごっこっていうのが流行ってるそうね。直子ちゃんもやられて気絶してしまったそうね。先生から聞いたわ」

直子はまだ、ニヤニヤ笑いをやめない。

「その時にオシッコを漏らしてしまって、今度はオシッコタレと言われて、からかわれているそうね。ひどいわよね。悔しいでしょう?」

直子がうなずく。

「幸子ちゃんも首絞めごっこをされたようなの。首に指の跡がついていたの。子どもの小さな指の跡だったの。お母さんに聞いたらあなたが幸子ちゃんの首を絞めたって言ってたけど本当?」

それを聞いて直子が答える。

「みんなにやられたから幸子に試したの。そしたら目が覚めなくて。お母さんは私のせいじゃない、目覚めない幸子が悪いんだって。」

私はそれを聞いて気絶しそうになった。姪の直子と妹が犯人だった。警察の話では夫が仕事に行ったあと、寝ていた幸子の首を直子が絞めて殺し、妹が幸子を河川敷に捨てに行った。収納ボックスを初めは埋めるつもりだったが穴を掘ることができず土を入れたらしい。妹は直子に口止めしたが、警察に尋問されると娘を庇いきれずにすぐに自白した。

可哀想な幸子、姉に殺され、母親に捨てられた。私はただ立ち尽くしていた。



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