王様の矜持 金本位制から管理通貨制度へ。
とある国が財政難に陥りました。
頼みの金山からの金の採掘量が減ってきたためです。
王様は頭を抱えました。そこへ、大臣が不思議な人間を紹介してきました。
「異世界からやってきただと? その男は大丈夫なのか? 医者に見せたほうが良いのではないか。」
「そう思われるのも無理からぬこと。ですが、口調ははっきりしており、見たところそれ以外で妙な言動はしておりません。自分が異世界に来たことも冷静に受け止めております。それと、こちらをご覧ください。」
「なんだこれは? 指で触れたら中の絵が動いたぞ??」
「スマートフォン、略してスマホというらしいのです。指で触って使うそうです。このマッチ箱を押しつぶしたような形の小さな機械は遠方の人と連絡したり絵を見ることが出来なるなど様々な機能を備えているそうです。残念ながらこちらの世界にはキチキョクとかアンテナとか言われるものがないのでその機能は限定的だそうですが、、、」
「むう、少なくともこんなものは我々の世界にはない。それで、大臣はその男を私に合わせて何をしたいのだ?」
「現在、我が国が陥っている財政難を解決する方法を知っていると申しております。物は試しです。いかがでしょうか?」
「ふむ。。。眉唾な話ではあるが、ここはお主の顔を立ててやるとするか。」
「ありがとうございます。早速連れてまいります。」
平然を装っていましたが、王様は内心藁にも縋る思いでした。
「お主が異世界人とやらか? 何でも我が国の窮地を救う策があるとか。」
「この度は拝謁する機会を頂き恐悦至極に存じます。はい、私が異世界から来た異人でございます。そして、陛下の国の問題を解決する策も確かに持っております。」
「早速だが聞かせてもらおう。」
「では、この国で現在使っている金貨と紙1枚とペンをご用意頂きたく。」
「わかった。」
「用意が出来るまでに申し上げておきます。この国の窮地を脱するためには、今まで陛下が信じておられたお金に関する常識を全て捨ててもらわねばなりません。それが出来ない場合はこの国は破綻して終わります。」
「なんだと!? お金の常識を捨てるとはどういうことだ!?」
「文字通り、天地がひっくり返ることです。」
王様は不安になりましたが、金貨と紙とペンが運ばれてきたので一旦は話を聞くことにしました。
異人は目の前で紙にペンで100と数字を書きました。
「陛下、先に確認しておきたいのですが、この国の金貨1枚は銀貨10分、銅貨なら100枚分の価値を持つ。合っておりますでしょうか?」
「うむ、相違ない。」
「では、今しがた私が100と書いたこの紙に、その金貨1枚分の価値があると言ったらどう思われますか。」
「お前は気でも触れているのか? 紙切れに100と数字を書いただけで金貨と同じ価値があるわけないだろうが。衛兵、こいつをつまみ出せ。」
「お待ちください。まさに、その紙切れに金貨一枚分の価値を付与する魔法がございます。」
「なんだと!??」
「今、この紙切れには100という数字しか書かれておりません。ここに、王家の紋章と陛下の肖像画を描いた場合はどうなると思われますか。」
「王家の紋章とわしの肖像画だと!? それなら、、、少しは価値が出てくる、、、のか?」
「もちろんです。この世に王家の人間が描かれた肖像画に不敬を働いたものがおりましたか? いた場合はどうなりました。」
「む、むう。しかし、だからといってそれが金貨1枚に匹敵するとは大げさであろう。・・・ちょっと待て・・・まさかお前・・・・それを金貨の代わりにするつもりか!!!???」
「おお!? 陛下は聡明であらせられる! 私が言わんとしていたことを先回りされてしまいました。」
「無茶だ! いくらなんでも紙1枚に人々が金貨1枚分の価値を見出してもらえるはずがない! お主の言っていることは机上の空論だ!!」
「陛下、こう宣言すればよろしいのです。この王家の紋章と陛下の肖像画が書かれたこの紙はお金であると、そして今後はこれで税金を回収すると。さすれば人々は嫌でも使わざるをえなくなるでしょう。無論、偽造は厳罰に処すと付け加えることもお忘れなく。」
「有り得ない! 反乱がおこってしまう!!」
「敢えて言わせて頂きます。好都合です。」
「な、なにっ!??」
「陛下。反乱、つまり戦争にはお金がかかる。そうですよね。」
「当然だな。」
「反乱側は、その戦争を続けるためのお金の調達をどうやると思われますか?」
「そりゃあもちろん、最初は手持ちから。恐らくそれだけでは足りぬ可能性もあるから金山を抑えるであろう。さらに、民衆からも集めるであろうな。外国から支援を受けることも考えられる。」
「民衆から集める。つまり徴税、悪く言えば収奪ですな。」
「まあ、そうなるな。」
「そんな事をしたら民からの評判はどうなりますか。」
「悪くなるのは自明。・・・なるほど、それに対して我々は戦費の調達を金山にも民衆からの徴税にも頼らずに自分たちで用意できるわけか。それも、紙とペンがあれば好きなだけ。」
「流石は陛下。その通りでございます。仮に反乱軍が外国の支援を受けたとしたら、それこそ売国奴の汚名を着せることが出来ます。外国勢力の手先と非難するのです。反乱軍を支援する外国も、お金が有限だと思い込んでいる以上音を上げるのはそう遠くないはずです。」
「お主が最初にこれまでのお金の常識を捨てろ。と言った理由がようやくわかった。国の運営に今までは民や金山からお金を回収していたものが、逆に国がお金を作ってばらまくわけだ。まさに天地がひっくり返ったぞ。」
「敢えて言わせていただくなら、そもそも国で使われている金貨を始めとした硬貨の鋳造は国の専売特許なはずです。このお金の鋳造を民間任せにした国は古今東西ございません。それが、皆が価値を感じる金という物質から紙に変化しただけです。そして金でないからこそ、この紙のお金は国への信頼がなければ成り立ちません。くれぐれも悪政などはなさらぬよう、お願い申し上げます。」
「民から国への信頼が崩れたら元の紙切れに逆戻り、、、か。承知した。わしは名君と語り継がれたい。だがな、1点疑問がある。我が国は良いとしても他国はこの紙のお金をお金だと認めるであろうか? それに、他国のお金のレートで不利になったりはしないのか?」
「最初は訝しがられるでしょう。しかし、最終的には認めざるを得ないはずです。この国は大陸でも有数の大国。7強国の一角にも数えられる程です。そこで商売が出来ないなどたまったものではございません。それに、うまくいけば他国の人間も我が国のお金を使い始めるかもしれません。それどころか、国家間の貿易は全て我が国のお金を基準に動き始めることも夢ではありません。無論、他国もシステムさえ理解してしまえば自国通貨の防衛に動く事が予想されるため、そうそう上手くはいかないとは思いますが。」
「まあ、自国内で他国のお金が大手を振って流通しているなど経済侵略に他ならんからな。とりあえずは認められると聞いて安心したぞ。(逆に他国が我が国の通貨を排除しようとしたらそれを理由に宣戦布告して領土拡大も夢ではないか。。。)」
「そしてもう一点、実はこのやり方は一つ重大な欠点がございます。そこを見誤ると、これまた取り返しのつかない事態を引き引き起こしてしまいます。」
「流石に良いことづくめではないということか。それはなんだ?」
「陛下。もし仮に、国内で突如新しい金山が発見されて金貨を大量に鋳造できるようになったとしたら、今の金貨の価値はどうなると思われますか?」
「当然下がるであろうな。希少だからこそ価値が上がっているのに、大量に出回ったら価値は下落する。・・・ははあ、なるほど。紙だからと調子に乗って大量に作ったらその分価値が下がってしまうということか。」
「その通りでございます。市場にある物の数を把握して、それに見合う量の紙のお金。紙幣というのですが、それに注意しないと物不足で急激なインフレを起こしてしまいます。」
「市場で売られている様々な商品。その量よりも遥かに多い紙幣を発行したら、商品の値段がどんどん上がって結果的に1枚の紙幣の価値が下がってしまう。なるほど、金はあっても肝心の商品がなければ意味はないな。」
「さようでございます。そして、それを解決するのも結局はお金なのです。お金を使って人を雇い、商品を作らせて市場に行き渡らせる。供給こそ要です。それを遥かに超える紙幣の発行だけはおやめください。人々の購買意欲と購買力が上がり、それにつられて企業がさらなる売上UPを目指して設備投資や人材投資に積極的に金をつぎ込む。この好循環によるインフレこそ目指すべき経済成長の道です。今は金貨1枚で買える物が、10年後には2枚。20年後には3枚、30年後には4枚といった具合の、緩やかなインフレを目指すのがよろしいかと存じます。」
「承知した。」
王様は早速、金貨に代わって紙幣を増産し始めました。
それを兵士や役人に給料として渡します。役人や兵士はそれを手に町に向かい、買い物をしました。
しかし、やはり一部の人々は王が錯乱したと反発。反乱を起こします。
反乱軍はすぐさま金山を占領しました。激しい戦闘が起こるとの予想に反して政府軍はもぬけの殻。反乱軍は金山を防衛しない政府軍をあざ笑いましたが、元々枯渇しかけていた金山からは想定よりも遥かに少ない資金しか得られませんでした。
仕方なく反乱軍は民衆から資金を集め始めます。当然、反発が起こります。それに対して苛烈な弾圧をした結果、民衆の支持を失った反乱軍は政府軍に敗れてしまいました。
「本当に異人殿の言うとおりになりましたな。」
「当然です。民に負担を強いる反乱軍とその必要がない我ら政府軍では最初から勝負は見えています。それよりも、紙幣の普及具合はいかがですか?」
「皮肉なことに、この戦争でむしろ一気に普及しました。商店も最初は紙幣での支払いを拒否していたのですが、これで本当に税の支払いが出来るとわかった途端に一部が受け取るようになりました。そうした店には役人や兵士の人気が集まります。それを見て他の商店主達も我先にと受け取るようになりました。それからはドミノ倒しのように国中に広まりました。今では外国とのやり取りもこの紙幣で行われる例も増えてきています。それどころか銀貨も銅貨も廃止して紙幣に変えろという声まで上がってきています。」
「紙幣は硬貨に比べたら持ち運びも数えるのも楽ですからね。まあ火に弱いという欠点はありますが。」
「そのデメリットよりもメリットのほうがよほど大きいと認識できたからでしょう。火災で失われた金額を保証するから毎月定額を払ってもらうサービスまで現れています。」
「それは良かった。経済のレベルが一気に引き上げられましたね。」
「さて、税として集めたこの紙幣の山。どこにどう使いましょうか?」
「その事なのですが、陛下。この紙幣の山、焼き払いましょう。」
「ええっ!??? そんな勿体ないことをな、なぜ??」
「この紙幣は税として回収された時点で役目を終えています。新紙幣の発行で国家運営に必要な財源を調達できるのに税金をつぎ込む必要はありません。どうしても勿体ないから使いたいとおっしゃられるなら、今の新紙幣の発行ペースを緩めてください。でないと戦争前に忠告したインフレが想定以上に進むことになってしまいます。」
「緩やかなインフレ。それも人々の購買意欲と購買力に基づいたインフレこそ目指すべき経済成長、でしたな。なるほど、税金で回収した分と新規に作った紙幣を同時に使ってしまうと供給力を超えた紙幣が市中に出回ってしまうというわけですか。」
「陛下。国がお金を作る以上、税金とは国家運営の財源として回収するにあらずです。税とは、国家が発行するお金が市中に流通する助けをする事。インフレもしくはデフレ時における景気の調整弁。人々の行動の抑制と助長のために存在するのです。一つ目の流通は言わずもがな。二つ目は不景気になって人々の購買力と購買意欲が減った際には減税や補助金を出して再び人々の購買力と購買意欲を回復させる。そして3つ目ですが、これは関税が分かりやすいかもしれません。我が国は、自国の農家を守るために他国で生産された安い米が自国で流通することを防ぐために高関税をかけていますよね。もしも、他国産の米を自国内で流通させたいと思ったらならば、話は簡単。関税をやめればよいのです。そうすれば他国産の安い米が市場を席捲することでしょう。このように助長したい分野には減税や免税を、逆に防ぎたいならば高税率を適用して人々の動きをコントロールする事が出来ます。無論、妥当な理由でなければ人々は反発するでしょう。くれぐれも人頭税(納税能力に関係なく、全ての国民1人につき一定額を課す税金)、空気税(空気を吸うと税金がかかる)などといったものはお作りになりませぬようにお願い致します。」
「う、うむ。承知した。」
「陛下、これだけは重ねて申し上げます。陛下にお教えした現在のシステム。つまり、通貨の供給(流通貨幣量)を政策的に管理する制度を管理通貨制度といいます。この制度の下では国民生活や経済状況に合わせて税率を変更することが出来ます。もっと簡単に言ってしまえば、管理通貨制度の元では人の意思1つで0からお金を創出することが可能なのです。別に紙幣だろうが硬貨だろうが、それが実態を伴わないデジタルなものでも何でも良いのです。それがお金として使用可能であると国が宣言して、実際に使えれば良いのです。お金の形が変わってきたのは歴史が証明しています。同じ国でも王が世代交代で変わればそれに合わせて新王の顔で硬貨を作り直してきたでしょう。しかし、この0からお金を創出することが可能という事を理解しない人間は、支出する際には絶対にどこからか財源としてのお金を持ってこないといけないと考えるのです。そう考える人間は、最終的には収奪・略奪といった奪い取るという発想にならざるを得ないのです。なにせ、然るべき機関でお金を創出する事が可能など彼らには意味不明なことだからです。こうした人々は自分たちの財布の中に入っている紙幣や硬貨が、何時何処で誰の手によって作られたものかすら理解しないでしょう。信じられないかもしれないですが、中には働いたら空中や土からお金が生まれてくると信じている人もいるくらいですから。そうなると、いざ不景気になった時に正しい政策をとれなくなります。何せ、対不景気政策を行うために国民からさらに金を吸い上げてますます貧乏にすることを良しとしてしまうからです。」
「わかった。学校にて納税の前に「お金とはそもそも何か」を教えるようにカリキュラムを変更しよう。(デジタルってなんだ?)」
「ありがとうございます。それと最後にアドバイスを・・・」
異人が去ってしばらくしたのち、国の財務を預かる役人たちが大挙して王様のもとに訪れました。
「話とはなんだ?」
「陛下、既にご存じかも知れませんが税収に対して支出が多すぎます。税収で賄えない分を新たな通貨発行で補っている状況です。これは借金です。このままでは我が国は破綻してしまいます。人口の少ない地方への補助金・鉄道・水道・電気といった赤字事業を清算し、早急に支出を絞り、税率を上げて赤字を圧縮すべきです。」
これを聞いた王様は大笑いしました。
「異人殿の言った通りだな。「財務を預かる役人共が、通貨そのものを発行できない家計や企業経営と通貨そのものを発行出来る権限を持った国家財政を混同して赤字で大変だから増税しろと言ってくるはずだ」と。なるほど、お主たちはこれまで限られた予算をどこに分配するかの権限を持っていた。だからこそ強大な権力を持っていた。誰もが自分たちにお金を回してほしいがためにお主らにかしづいた。この力のために歴代の王の中にはお主らの操り人形と化す者もいた。しかし、この管理通貨制度の下では国が必要だと思う分野に必要分だけ通貨を発行できる。すると、お主らはただの帳簿係に過ぎなくなる。それが嫌で今のような献策をしてきたのであろう。たわけが! 国がお金を発行しているのに予算不足になどなるわけないだろうが! 地方の鉄道や水道、補助金といった赤字事業を清算しろだ? 馬鹿いえ! その後はどうするつもりだ? まさか、営利を目的とする民間企業が責任を持ってこれまで通り維持してくれるとでも? 採算がとれないならあっさり撤退するに決まっているだろうが! その前にサービスの質も悪くなるであろう。国が赤字を背負ってでも、維持しなくてはならないインフラはあるのだ!! そもそも、お金そのものを創出可能な国が赤字でも何の問題もない。これが外国から借りてきた金なら別だが、これは国内で消化している分だ。国が赤字で発行したところでその金が国民に渡って消費に繋がるならむしろ喜んで赤字を背負おう。国の赤字は民間の黒字だ。まさか、お主らは赤字になった瞬間にお金がこの世から消滅すると思っているわけではないよな? 発行した金が一部の者達に集中してしまうなら、それはそうしたシステムを変更すれば良い話で、支出を控えるというのは筋が違う。よしんば借金であろうと、満期になったら返済分のお金を新規に発行すればそれで済む話だ。真の問題は金が無いにあらず。金のみに囚われて支出を絞り、国民生活や物やサービスを生み出す供給力が棄損され続けて緩やかに衰退の道を行くことだ。まさに茹でガエルのように、いつの間にか過去には出来ていたことが出来なくなってくることだ! さて、ここまで話してまだ何か言い分があるか?」
苦虫を嚙み潰したような顔をしながら退出しようとした財務役人達に、王様は声をかけました。
「どこで行く? 私はまだお前たちに話がある。貴様らは私欲のために私に嘘をついた。つまり、詐欺を働いたのだ。もちろん、私だけでなく国民全体を欺こうとしたな。それによって国がどれだけ傾こうが、国民が困窮しようが自分たちの権力維持のためならどうでもよかったわけだ。さらに、私を家計や企業経営と国家財政の区別がつかない愚か者だと思ったこと。要は、侮辱罪だ。王を騙し、侮辱した者がどんな末路を辿ったか、知らぬわけではあるまい。」
ここにきてようやく、財務役人たちは青ざめて震えあがりました。
前の作品でも書きましたが、私たちはお金に対して余りにも無知すぎると思います。
納税の義務は知っていても、そもそも納税されるお金自体がいつ生み出されるのか。誰が作っているのか。何にも教えてもらえていません。
日本はどうしてここまで落ちぶれたのでしょうか?
万博のパビリオンも碌に作れず、宅急便は日本全国どこでも翌日には配送出来ていたものが出来なくなり、地方の鉄道は姿を消し、水道と言った必須インフラの維持すら困難になり始めた。
私は作中で書いたように、家計と国家財政を混同して説明し続けた財〇省の詐〇だと思っています。
作中の説明が絶対に正しいとは申しません。正直、賛同や共感も求めてないです。
どうしても言いたいことは、ないと生活できない、一杯あったら贅沢できる。この程度の認識しかさせられていないお金に対する見方をどうか今一度考えてほしいと思います。
でなければ、今後も取られるだけ取られてあなたが貧困に喘ぐことになります。
数字や文字が読めない人間を騙すことが簡単なように、オレオレ詐欺の事を知らなかったら簡単に引っ掛かってしまうように、無知はお金を失います。