第4話 幼馴染に借りを10倍にして返された
それからというもの、少し真白の態度が変わった気がする。
目があったら目を逸らされるのは相変わらずだが睨まれることは無くなった。
話しかけても嫌がる素振りも見せなくなったし、話す機会も増えた。
本当に何がないやらさっぱりだが誤解が解けたようでよかったと言ったところだ。
以前のような関係とはいかないものの、ギクシャクした関係ではなくなったので、やはりあの時聞いて正解だった。
***
「一緒に帰ろうぜ、薫生ー」
「ん、まあいいけどどうした?」
放課後、赤木が速攻俺のところに来て肩を組んだ。
表ではこう言っているが絶対何かある。
そして俺の耳のそばで小さく聞いた。
「最近真白と仲良いじゃんかよ、進展あったのか?」
はあ、またこの手の話か。
思わず心の中でため息をついてしまう。
「なかったといえば嘘になる、まあ仲直りした、というか誤解が解けた」
「仲直り?」
「ああ、俺もよく把握できていないが勘違いってことだな」
「ふーん、そしてここからあれだろ? 熱々な展開に......」
俺は肘で赤木の横腹を突いた。
「いてっ......何すんだよ」
「お前妄想しすぎだ、一回頭冷やせ」
「うう、はーい」
赤木には残念なことに彼女がいない。彼女がいないのでこうして妄想に耽っているのだろうか。
まあかくいう俺にも彼女がいない。
「でもさ、真白のこと実際どう思ってるんだ?」
というわけで、好きな人はいるのか、とか、真白のことどう思ってるのか、とか聞かれるわけではあるが、答えはNo。
「......うーん、別に何も」
真白に対して彩葉や他の女子と接する時とは違う特別な感情を抱いているにはいるが、これが好意かと言われれば少し違うような気もする。
長年の信頼というか、居場所のようなものというか。
非常に言い辛いものなのだ。
異性として意識したことはそもそもないので、別に何も、と答えているのだ。
幼馴染だから特別なイベントがあるわけではないし変わらない。
違うところを挙げるとすれば他人より仲が深いというところだろうか。
「あっやべっ」
「どうした?」
学校の昇降口まで来たところで赤木はそう言い、バッグの中身を漁り始めた。
「教室にスマホ忘れた」
「まじ? 俺待っとくから探してこい」
「あーいや、なんか悪いし、先帰っててくれ」
「そうか、じゃあまた明日な」
「おう、また明日」
赤木は元来た道を戻って行った。
さてと1人だけど帰りますか。
俺は靴に履き替えて帰路につこうとした。
その時、後ろから声がかけられた。
「かっ薫生」
真白である。
「あのさ、良かったら一緒に帰らない?」
意外な提案である。中学以来ではないだろうか。
別に断る理由もない。
「いいぞ、別に」
「本当? よかった」
***
なんだか懐かしい感覚を覚える。それはおそらく向こうも同じだろう。
真白と俺の帰り道はほとんど同じである。
そのため以前も、前で真白が歩いている姿をみて少しばかり距離を取っていたのは言うまでもないだろう。
真白とするのは別に他愛もない会話である。
これが楽しくて、幸せで、真白といると心臓の鼓動が自然と速まって......。
「ん? どうしたの薫生」
「えっあっいや、なんでもない」
一瞬思考に没頭しすぎて無自覚に歩くのを止めていたようだ。
......それにこの気持ちはなんだろう。
「そういえば薫生ってもうすぐ誕生日だったよね」
「ああ、覚えてくれてたんだな」
「そりゃあ、幼馴染だし、私の誕生日覚えてる?」
「8月24日だろ? 俺のちょうど2ヶ月後」
「正解、流石にね」
元通りとはいかなくても仲直りはすることができて良かった。
俺はこれからも真白の友達、親友でいたい。
そうしてしばらく経ち、前のT字路で真白ともお別れという時だった。
横を歩いていた真白が俺の前に出て止まった。
俺も自然と止まる。
「ねえ、ちょっと待って」
「おっおう、どうした?」
真白の顔はなぜか赤く、視線は地面を向いている。
そして真白は深呼吸をすると話し始めた。
「あの......さ......えっと、私の彼氏になってください!」
「え?」
俺は一瞬耳を疑った。
思考がまとまらない。だって誤解されていたとはいえ今まで嫌われていて......。
「薫生が気づいたら好きだった、いつも一緒だし、頼りになるし、優しいし、かっこいいし、ちょっと不器用、そんな薫生が好き」
「......真白」
俺自身真白のことを意識したことがなかった。大切で特別な人には変わりないがそれは恋愛的な意味ではない。
真白もそうだとは思っていた。しかし気づかないうちに真白に好意を持たれていたらしい。
俺も真白のことを好きではあるが恋愛感情ではない。
俺は彼女の思いに応えたい。
でも好きでもないのに付き合うのはどうなのか。俺は真白を『彼女』として接することができるのだろうか。
今までの関係から考えたら自信はない。きっとぎこちない感じになってしまう。
ならこのままの方がいいかもしれない。
......本心としては真白の思いに応えたい。応えてあげたい。
俺はしばらく悩んだ。そして彼女の目を見て言った。
「......ごめん、真白の思いには応えられない」
「そっか......理由だけ教えてもらってもいい?」
彼女自信辛いだろうが、口元は笑っている。
それを見て俺も少し心が痛くなる。
「真白とは親友だと思っている、大切で特別な人には変わりない、けど真白を今までに好きと思ったことがない、というか異性に好意の感情を今までに抱いたことがないんだ」
「......私早とちりしすぎたんだね」
彼女は俺から背を向けた。
「でもそれって好きな人いないってことだよね」
「まあ、そうなる」
「分かった、じゃあ薫生に彼女ができるまで私も彼氏作らない、この席は薫生のために残しとく、だから気が向いたら私に教えて?」
「......ああ、もちろんだ」
「それじゃあ、私帰るから」
そう言って真白は背を向けて走り出した。
正直複雑な感情である。俺自身心の整理もついていない。
ただ、最後の真白のセリフ。ああ言うところが俺も好きだ。