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やぎのうた♪  作者: こゆき茜
起ノ弐 栄光の鍵を握るのは
9/23

7

 ──快晴。

 まだ日が沈むには早い夏の空を、ヘリは突き進んで行く。

 俺達は今、真柴兄の言う『別宅』へと向かう為、彼が用意した輸送ヘリに乗って移動していた。

 朝吹き飛ばされた物と同じ機種だ。一体、何台持ってるんだ?

 そんなどうでもいい事が頭を過ぎる。しかしこの移動手段を、まさか自分が利用する事になるとは、正直思いもしなかった為、複雑な気持ちでいっぱいだった。

 所在無く、俺は窓から外を覗き込む。眼下に広がる景色は、何時しか青々と茂る山間へとその姿を変えていた。

「うむ、見えてきたぞ」

 前の席に座っていた真柴兄が、フロントガラスを覗き込みつつ俺達に声をかける。その言葉に従い前方を見みると、山間に小さく建物が確認できた。

 どこの大使館かと思わせる真新しい洋館は、まだ到着するまで距離があるというのに、目視でわかるほどの大きなものだった。聞けば今回の転校の為に、わざわざ一帯の土地を買い取り建てたそうだ。

 さすがは金持ち…庶民の俺ではまったく理解のできない行動だ。そこに痺れも憧れもしはしないが。

 ……ホントだぞ? 憧れたりなんかしてないからな!

 などと無駄な考えを馳せている間に、洋館の上空へとたどり着く。建物の屋上にはヘリポートが設けられており、ヘリはそこへと降り立った。


   *


「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」」」

 俺達を待ち構えていたのは、ズラリと立ち並ぶメイドさんご一行。彼女達は足並みを揃えるように、深々と頭を下げ迎えてくれた。もっとも当の主二人は、それにまったくの無反応だが。

 毎日こんなお出迎えをされているからなのだろうか? 慣れきって空気といった感じだ。

 この状況に委員長は勿論の事、相庭や小枝原も引いてしまっている。吉村は何時も通りだが…あ、首筋に冷汗発見。内心では焦りまくっているようだ。

 それにしても、まさか本物のメイドさんから、この台詞を聞ける日が訪れようとはな。実に感慨深い。

「……時々、貴様のその図太さが羨ましく思うよ」

 吉村は俺だけに聞こえるよう、小声で呟き苦笑いを浮かべた。

 また心を読まれたか…馬鹿な事を考えるのは、この辺にしておこう。

 そう思いながら、俺は視線を屋内に続く扉へと向ける。そこに見覚えのある人物がいる事に気がついた。

 真柴兄はゆっくりと、その人物の方へと歩いてゆく。俺達も続くように彼の後を追い、目の前の相手…執事さんに軽く挨拶した。

「お帰りなさいませ、勇様、いさみ様。そして…ようこそいらっしゃいました、ご学友の皆様方」

 彼は俺達に一礼し、そして更に言葉を続けた。

「それでは皆様、まずはお部屋の方へとご案内させていただきます。こちらの者が案内いたしますので、その後をお続きください」

 彼が語り終わると同時に、後に控えていた八雲さんが、俺達に向かって会釈する。どうやら彼女が案内してくれるようだ。

「それでは皆さん、また後程……」

「また後でな、ミッちゃん」

 双子はそう言い、先に建物の中へと消えていく。俺達も八雲さんに案内され、屋敷の中へと足を踏み入れた。

 中はそこかしこに高そうな調度品の置かれた、それでいて嫌味を感じさせない、清楚な感じを与える廊下が続いていた。そんな建物内を学生服姿でウロウロするのは、場違いに思えて仕方がない。ただクラスメートの家にお邪魔してるだけの筈なのに、何か後ろめたい事をしているような、そんな気まずさを感じた。

 どうやら皆同じ思いらしく、落ち着きなくキョロキョロしている。それを見て安心してしまう辺り、大概小市民だなと、俺は思わず苦笑いを浮かべた。

 そうこうしている内に、俺達はそれぞれ部屋を割り当てられ中に案内される。おそらく来客用の寝室なのだろう。高級そうな家具やベッド…照明なんてシャンデリアですよ。どんだけ贅沢なんだ。

 皆が怖じけづき、部屋に入るのを躊躇っていると、委員長が戸惑いながら、八雲さんにこう言った。

「あの…申し訳ありませんが、私達遅くならないうちに家に帰らせていただくので、このような部屋を用意なさらなくても──」

 多分「結構です」と続いていたであろうその言葉は、まったく予想外の方向からの返事に遮られてしまった。

「失礼ながら、今から学校へと戻るだけでも、それなりの時間となりましょう」

「うわぁっ!」

 俺達は思わず飛びのく。振り返ると、いつの間にか俺達の真後ろに、執事さんが立っていた。

 何でこの人は毎回毎回、前触れもなく現れるのかな!

「おっ脅かさないでくださいよ、瀬葉須さん!」

 俺は執事さんに抗議した。

 頼むから、もっとまともに登場してください。

 だが彼は小さく頭を下げ、

「これは…失礼しました」

 と返すのみで終わる。

 あ~、これは全然改める気ありませんね?

 ……いい性格してるよ、この人。

 俺がそう思い呆れていると、横で様子を伺っていた委員長が、執事さんに懇願した。

「そんなに遅くなると言うのでしたら、今すぐ帰らせて貰えませんか? 家族に心配をかけるわけにもいかないですし」

 そう言い彼女は目を伏せる。

 確かに家へ連絡ぐらい、入れておいた方がいいかもしれない。もっとも、俺は一人暮らしだから関係ないけど。

 しかし執事さんが返した返事は、俺らの予想の斜め上を行くものだった。

「ご自宅へはわたくしどもの方から、既に連絡を入れさせていただきました。外泊の許可も、既に取り次いでおります。ですので、本日はごゆるりとお寛ぎくださいませ」

 そりゃまた…用意周到ですね。

 最初から、拘束する気、満々だったわけですか。

 言い回しはデスマス口調で、礼儀正しく聞こえるが最悪だ。

「退路は既に断たれた後ってわけね……」

 俺が苦笑いを浮かべそう呟くと、委員長は黙り込んでしまった。

「はっはっはっ! まぁいいじゃねえか。折角だし、リゾート気分を満喫しようぜ!!」

「あ、それイイッ! 賛成♪」

 腹の底から笑いそう提案をする小枝原に、相庭が同意だと手を上げる。場の雰囲気に畏縮していた二人だが、ようやく本調子に戻ってきたようだ。

 そんな浮かれている二人に対し、吉村が釘を刺す。

「遊びにきたんじゃないんだぞ? 泊まり込む以上、寝付くまでコッテリ絞り上げてやるから、覚悟するんだな」

 そう言い微笑む吉村の顔は、実に爽やかで逆に怖かった。俺ですらそう感じたんだから、矛先を向けられた二人はたまったもんじゃないだろう…二人は恐怖に震え上がっていた。

「……タカ、やり過ぎ」

 圧倒的暴力的な笑顔を振り撒く幼なじみに、俺は小声で嗜めた。


   *


「ヒャッホ~ィッ!♪」

 奇声が上がった直後、目の前に広がる水面に水飛沫が立ち上る。俺は顔に降り注ぐそれを片手で遮りながら、声の主へと言葉をかけた。

「危ないだろ相庭。急に飛び込むなよ」

「大丈夫たよ~♪ それよりも、冷たくて気持ちいいよ~? ミッちゃんも一緒に泳ごうよ~♪」

 そう言って、相庭は俺を手招きする。先程の吉村の脅しは、まったく効果なかったようだ。

 俺達は今、屋敷の一角に設けられた、屋内プールへと来ていた。プールの広さは、学校の体育館が軽く二つは入るほどある。照明は煌々と照り、外の夕闇を退け、空調もよく効いており、山の中とは到底思えなかった。むしろ汗ばむぐらいだ。

 そんな娯楽施設としか言えない場所に、俺達は集まりテーブルを囲んだわけだが…やはり目の前の誘惑に勝てなかったか、相庭はそうそうにプールへと飛び込んだ。

 大体、ピンクのワンピース型の水着に、ビーチボールを抱えて登場した段階から、既に遊ぶ気だったのだろう。小枝原も似たようなもので、アロハシャツに短パン、何処から仕入れたのか、ウクレレなんかを手にしている。本来持って来なくてはいけない物は、何一つ持っていなかった。

「……あなた達ねぇ。せめてノートと筆記用具ぐらい持って来なさいよ!」

 やる気の無さこれみよがしな二人に、とうとう委員長がキレてしまう。その彼女に向かって小枝原は、

「あ~無理。全部教室の机ん中だし」

 と、いけしゃあしゃあと答えた。

 ……お前、何しに来たんだ?

 呆れて言葉が出ない。

 どうやら委員長や吉村も同じだったらしい。すると奴は反論がないのをいい事に、更にこう言葉を続けた。

「それに根を詰めても、逆効果って言うじゃないか。ちょっとぐらい息抜きしようぜ?」


 ブチッ。


 俺の耳に幻聴が聞こえる。その直後、委員長のヤクザキックが、見事小枝原の腹に叩き込まれた。

 小枝原は呻きを上げ、何も出来ぬままプールへと突き落とされる。水柱が上がり暫くして、奴は慌てて水面に顔を出した。

「……ブハァッ! 岸辺お前、殺す気かっ!?」

「ウルサイ。…大体息抜き以前に、まだ始めてもいないでしょうが!!」

 蹴り落とされた事に文句をたれる小枝原を、委員長は仁王立ちで見下ろし叱り付けた。

「何だよ…いいじゃねえか。せっかく真柴ん家のメイドさんが、水着用意してくれたってのに」

「そ~だ、そ~だ! それにハッちゃんだって水着きてるじゃない。人の事言えないんだぞ~♪」

 不満を口にする小枝原に、相庭も同調し抗議した。

 彼女の言うとおり、委員長も制服から、黒のホルタービキニにパンツのツーピースへと着替えていた。それに合わせて髪形も、背にかかる髪をただ無造作に縛っているだけの何時もとは違い、水着と同色のリボンでポニーテールにしている。

 何か色っぽいな…うなじとか、うなじとか、うなじとか。

「そ、それは…場所が室内プールだと聞いてたし、制服を濡らすような事になったらいけないと思ったからよ」

 相庭に服装を指摘された委員長は、恥じらいを見せつつ言葉を返した。言葉の最後に「ちょっと着てみたかったし」と小声で呟いていたが、どうもそっちが本音らしい。

 それにしても委員長って、着やせするタイプだったのか。

 露出度の上がったその格好により、彼女の恵まれたプロポーションが露となっている。胸はDはあるな。纏った薄布では隠す事のできない、張りのある豊満な果実に、俺は目を奪われた。

 が、その視線に気づいた委員長に睨まれ、俺は慌てて目を反らす。今彼女に逆らうような事をすれば、小枝原の二の舞だ。こっちは着替えなんかせず制服で来てるから、突き落とされたらたまったもんじゃない。

 ……まぁ俺も一応、部屋で八雲さんに水着を勧められてはいたんだけどね。

 しかし、彼女が手にしたソレは男物ではなく、レースをあしらった白いチューブトップビキニだった。「下はサポーターにパレオで隠せば大丈夫です!」と、目を血走らせ迫られた時はどうしようかと…身の危険とかそんな生易しいレベルじゃなかったぞ、本当に。

 朝の彼女が洩らした呟きを聞いた時から、嫌な予感がしていたが…どうも彼女は『男の娘』『女装少年』もしくはそれ以上にヤバイ嗜好の持ち主らしい。

 逃げ惑いながらその事を問いただしてみたら、「わたくし、ロリショタOKですから♪」とかほざく始末。

 17の健全な男子捉まえてショタとか言うな! ロリは以ての外じゃ!!

 ──…教訓、『真柴家にまともな人間は居ない』。

 結局、禅問答みたいなやり取りを繰り返し、何とか彼女を説き伏せた俺は、そのままの恰好でここに居る。

 因みに吉村も制服のままだ。彼の性格を考えれば当然と言うか、もしかしたら俺が制服のまま来るとわかっていて、それに合わせてくれたのかも知れない。

 ……どうも話が逸脱し過ぎたな。

 そう思い思考を切り替えようとした時、派手な水音が響く。どうやら委員長が、相庭と小枝原の手によって、プールに引きずり込まれたようだ。

「ちょっ! 何するのよ、小枝原君!!」

「否、今の俺は妖怪『小豆とぎ』なり!」

「いぐない~、いぐない~♪」

 暴れる委員長を余所に、小枝原はそう言い豪快に笑う。後で調べて知ったのだが、小豆とぎには、小豆を洗う音につられて近寄ってきた人間を、川底へ引きずり込むという伝承があるらしい。河童でなくそっちをあげるとはまたマニアックな。

 それと相庭、お前が口ずさんでるソレってヤバイから止めなさい。

 まったく…二人ともそんな無駄知識、何処から仕入れてきたんだか。

 水中で騒ぐ三人を呆れながら見つめていた俺は、傍にある椅子に腰を掛けため息を吐いた。

「……どうしたもんかな? この状況」

「知らん。しばらく好きなようにさせておけ。……なぁに、夜はまだまだ長いからな」

 俺の言葉に吉村はそう答え、口の端を吊り上げた。どうやら夜通しどうこう言っていたのを実行する気のようだ。そう言えば、俺以外に言った事は必ず実行に移す奴だったな。例えどれだけ無茶な事でも。

 そう思い、俺は相庭と小枝原の方を見る。

 うん、一時の幸せを堪能したまえ…この後の地獄を今は忘れてな。

「まぁ、あっちはしばらく岸辺に任せておこう。それより双子も来たみたいだし、先に始めようか」

 そう言って吉村は、顎で部屋の入り口を指す。見ると丁度、真柴兄妹が姿を現したところだった。

 兄は黒のシャツにトランクス、薄手のパーカーを羽織ったラフな服装で、いさみさんの方は袖のない白のツーピースドレスと、場に合わせたらしく実に軽装だ。

「遅くなってすまないな」

 真柴兄は俺のすぐ横に座り、遅れて来た事を謝罪する。それを見たいさみさんが、負けじと空いている反対の席に腰を下ろした。

 ……俺、ここでも両挟みにされるんですか?

「羊一さん、何か飲み物でも用意させましょうか?」

「えっと…そうだな……」

 いさみさんに聞かれ、俺は少し思案する。

 確かにここの空調は効き過ぎている。少し喉が渇いたところだったし、とりあえず何か頼んでみるか。

「……苺ミルクとかある? なんて──」

「お待たせいたしました」

 俺がオーダーを述べると同時に、背後から執事さんが現れる。何となく予想はついていたが、心臓に悪いから止めて欲しい。

 彼は片手に持つトレイから、漫才師の小道具のような、無駄にでかいグラスを取ると、俺の目の前に静かに置いた。そこに並々と注がれているのは、赤や白の果実酒ではなく、ピンクの不透明な液体で…その見た目の異様さに、俺は思わず仰け反ってしまった。

 ……紙パックで来ると思ってたのに、どう反応したらいいんだ?

 お約束的に「ルネッサ~ンス♪」とか言って乾杯しろとでも言うのだろうか?

 それはそれで、場が冷え暖房と相殺されて丁度いいかもしれないが、そんな役を任されるのだけは勘弁して欲しい。

 俺は少し躊躇し、そして何事も無かったかのようにグラスに手を伸ばした。ここはクールに、華麗に、スルーするのが一番の選択だろう。

 だが、俺の伸ばしたその手は、次の瞬間に固まってしまう。

 その無駄に大きなグラスに両脇から、それぞれ二本ずつストローが差し込まれたからだ。

 俺は冷汗を流し左右を確認する。俺を挟むように座っていた二人は、お互いを睨みつけ牽制しあっていた。

「……兄上、これはわたくしが羊一さんの為にと用意した物なのですよ?」

 いさみさんは『自分が』という部分を、あえて強調して兄に言う。だが相手はそれを意に介さず言葉を返した。

「些細な事を気にするな。それよりもミッちゃん…早速一口、共に味わおうじゃないか」

 驚きの白さを放つその歯を輝かせ、彼は一緒に飲もうと催促した。

 ……冗談じゃない。誰が好き好んで、野郎と同じグラスで牛乳飲まなきゃいけないんだ!

「だが断る。…ってか、欲しいなら自分のを用意しろよ!」

 俺がそう言うと、いさみさんも身を乗り出してこう言った。

「羊一さんの言うとおりです、兄上! …さぁ羊一さん、兄など放って置いてご一緒に──」

「いや、いさみさんもですから」

 俺は片手で彼女を制止した。

 少し嬉しい提案ではあるが、さすがに小恥ずかしいから止めてくれ。

 行動を制され戸惑う彼女を横目に、俺はストローを全て取り去り、特大グラスに口をつけた。

 ……お願いだから二人とも、物悲しそうにこっち見ないでください。

 おかげで折角の飲み物も、全然堪能できません。

「……なぁ、それよりもいい加減、本題に入らないか?」

 俺は疲弊した心を何とか奮い立たせ、今回の言いだしっぺに問いかける。すると彼は、

「そうだな…それでは!」

 と言うや否や、着ていた上着を脱ぎ棄てプールサイドに立つ。そして振り返り、満面の笑みを浮かべ俺に手を差し伸べた。

「泳ごうか、ミッちゃん♪」


 ブチッ。


 またも幻聴が響く。

 俺の放ったヤクザキックは、見事真柴兄の腹に叩き込まれた。

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