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紺のジャージに白衣を纏い、無精髭を生やした男性は、気だるそうにチョークを走らせる。
彼は小野久美先生…俺らのクラスの担任だ。
火は点いていないが咥え煙草。頭は整髪の『せ』の字も無く、知らなきゃ誰も教師とは思わないだろう。
一際目立つように書きしたためた彼は、手にしたチョークを元の場所に戻し、背を丸めこちらに振り向く。彼独特の癖のある字で、黒板にこう書きなぐられていた。
──真柴勇、真柴いさみ。
それは先程のとんでも宣言の際に、あの二人が名乗った名前であった。
小野先生はボサボサの頭を掻きながら、やる気なさそうにこう呟いた。
「自己紹介…いる?」
「「「「「いる」」」」」
今日はどうも皆して、声の揃う日だと苦笑してしまう。
生徒のその言葉に「やっぱりね」と肩を竦め、彼は少し後ろへと下がる。空いた教壇にそっと手を差し、傍で控えていた二人に声をかけた。
「じゃ、適当にどうぞ」
「教諭のお言葉に甘えて」
そう言い先ず教壇に立ったのは、男性の方。その服装は迷彩服から、学校指定のブレザーへと変わっていた。俺らと同じものの筈なのに、彼が着るとまったく印象が違う。何より野暮ったさが無い…何か悔しい。
彼は教壇に両手をつき、軽く俺達の顔を見渡す。人前で臆す事無く、堂々としたものだ。
「私の名は真柴勇。本日より、この私立柏木高校に通う事となった。特技はこれといってないが…強いてあげるならば乗馬といったところか。至らぬ事は多いと思うが、皆と共に、明るい学園生活を送れるよう、精進しようと思う。よろしく頼む」
当たり障りのないスピーチ。先程の奇天烈な登場が嘘のようだ。
まぁ特技乗馬とか、少々突っ込みたいところはあるが。普段なら「何処のお貴族様だよ」と、誰と言わず軽口が飛んできそうなものだが…それは無かった。
それもその筈。この情報社会において、『真柴』を知らない人間の方が稀だからだ。
──真柴グループ。
その規模、資産は底を知らず、現在の日本において、彼の傘下に無い企業を上げる方が難しい。
簡単に一言で言うならば、『日本征服完了』。
第二とか真の日本政府…とまでは言わないが、その影響力は想像に難くない。それだけの力を持つ財閥…そして一族なのだ。
先日、その真柴グループの総裁が、若き御曹司に代替わりしたのは、まだ記憶に新しいニュースである。小野先生が、自己紹介の必要を問うたのはその為だ。
質問が無いようだと判断した彼は、横で待つ女性と替わる。彼女は折り目正しく頭を下げると、優しく微笑みこう述べた。
「わたくしは真柴いさみと申します。今までこのような場で、勉学に励むという経験が無く、皆様にご迷惑をかける事多々あると思いますが…どうぞよろしくお願いいたします」
そして一礼。
その動作ひとつひとつが、俺らと彼女とでは、生まれそのものが違うと思い知らされる。同年代らしいが、そうだとは到底思えないぐらいだ。
自己紹介も終わったと判断した小野先生は、引っ張り出してきた椅子に腰掛けこう言った。
「んじゃ質問タイム…ってか今日、自習でいいや」
丁度、一限目が自分の担当科目の物理である事を良い事に、先生はひとつ欠伸し船を漕ぎ出した。
……不良教師の鑑だよ、アンタって人は。
「しつも~ん! 真柴さんたちってスッゴク似てるけど、もしかして双子ですかぁ?」
臆す事無く、最初にそう質問を投げかけたのは相庭だった。
まったく…怖いもの知らずと言うか。
「お察しの通りです…えっと……」
「あ、私『相庭』。相庭焔ね♪」
「相庭さんですね?」
「焔でいいよ~」
「わかりました…では私の事も、いさみとお呼びください」
そういって微笑む彼女。そのやり取りを横で聞いていた片割れが、先程の回答にこう補足を加えた。
「正直あまり意味を成さないが、47時間ほどの差で、兄と妹と言うことになっている」
47時間って長っ!
それって相当難産とか…そんなんだったんじゃないか?
「じゃあ、誕生日は別々なんだね~」
そう言い相庭は驚いてみせる。俺もそうだが、双子だからといって、必ずしも同じ誕生日じゃないんだなと思ったのだろう。
……さて、そんな相庭の質問が呼び水となったのだろう。最初は双子の存在感に気圧されていたクラスメイト達も、次々と彼らに質問を投げかけ始めた。
そんな中、俺は素知らぬ顔で窓の外を見ていた。
正直、あの二人とは関りを持ちたくない。
先にも述べたが、俺は普通の高校生、いたって平凡である事を好ましく思っている。
だからこそ、この転校生の存在は、俺にとって歓迎しかねるものであった。
大体、同じクラスになんで二人も転校生が入って来るんだ?
しかもその登校の仕方が、両極端に奇抜で非常識。その上あのルックスで、更に双子だ。目立ち過ぎるにも程がある。
そして止めと言わんかのように、あの告白と来たもんだ。
洒落にならん。冗談じゃない!
アレが何処まで本気かは知らないが、関れば一生受難に苛まれると、俺の本能が警鐘を鳴らし続けている。
触らぬ神に祟り無しだ。
今は7月…卒業まではまだまだあるが、俺は残り10ヶ月間、クラスにおいて空気でいようと心に誓う。
何があっても奴らとは関らない。最優先事項だ。
「で~、二人はミッちゃんの彼氏? 彼女?」
ガコンッ!
相庭が二人に問いかけた質問…それを聞き、俺は思わず椅子から転げ落ちた。
「ミッちゃんとは?」
「ミッちゃんはミッちゃんだよ♪」
「相庭、それじゃ分からないって…こいつ変な愛称つける癖があってさ。因みに『ミッちゃん』ってのは、そこで派手にこけた奴の事ね」
聞かぬ固有名詞に疑問を浮かべる双子兄。要領の得ぬ相庭の説明に、傍に居た茶髪の青年…小枝原和真が助け舟を出した。
「ほぉ、ミッちゃんか…これからは私もそう呼ばせていただこうか」
「断固拒否する! 大体、これからもこれまでもねぇだろ!!」
俺は生理的に嫌なものを感じ、思わずそう叫んで…失敗したと後悔。
関らないと決めていたのに、思わず突っ込んでしまった。
「……ふむ。様子からある程度は察してはいたが、何も覚えていないのだな」
「覚えるも忘れるもない。初対面だってさっきも言っただろ?」
「現世ではな…だが、前世において、我々は……」
「恋仲だったと? ハッ! そんな寝言、寝てから言ってくれ!!」
「あぁそうだな…まさに夢心地といった気持ちだ。これが夢なら覚めないでおくれ……」
俺が悪態をつけば、相手はそれを曲解し、恍惚とした表情で天を仰ぐ。
こいつと会ってものの十数分だが、その脳みそが沸いてるのは理解した。
「よかったなぁ天城~。運命の人だなんて、何かドラマチックじゃね?」
「面白がるなや朋友! この状況楽しんでますね? そうですね!?」
「はっはっはっはっ!」
その笑いは肯定と判断するぞ小枝原!!
「けどその運命の人が二人って、ミッちゃんの前世って、二股かけてたの~?」
「知るか! ってか受け入れるなよ、そんな話!!」
「気にするな天城…小枝原と相庭は、単にお前の反応を面白がっているだけだ」
怒りで頭に血が上ってる俺を、背後に立つふち無し眼鏡をかけた細身の青年…吉村隆樹が静かに諭す。そして、更にこう付け加えた。
「ムキになれば思う壺だぞ?」
吉村、俺の味方はお前だけだよ…さっきは思いっきり裏切ってくれたけど。
「先程は判断材料が少なく、自分に危害があるかもしれなかったからな」
人の心を読むなよ。
「……ん~何だ、質問終わったかぁ?」
俺らの騒ぎに目が覚めたのか、『今まで寝てました』って顔で立ち上がる小野先生。
「終わったんなら二人とも、いつまでも立ってないで席に着け。…天城の両隣を空けてあるんだろ?」
そう言い、先生はそこに座るように促した。
……って、ちょっと待ってくれ。
「先生、その席は坂本さんと山岡君の席ですよ?」
俺が疑問を口にする前に、このクラスの委員長である岸辺初菜が質問した。
「今日は二人とも、休んでるみたいですけど……」
「あぁ、あの二人ね。転校したから」
「「「「「はぁっ!?」」」」」
先生の発言に、一同声を揃えて驚きを表す。
転校だぁ? そんな話、二人から一言も聞いてないぞ!?
「そんな話、初耳ですよ!?」
「だから今言ってるっしょ。理由はまぁ…大人の事情ってやつ?」
「それを言うなら、家庭の事情じゃないですか!?」
「どっちでも一緒じゃない」
岸辺の少しずれた突込みに対し、飄々と応える先生。まぁ確かに先生の言うとおり、どっちでもって感じはするけど…言い回しがちょっと、生々しく感じるのは気のせいか?
「ま、そんなわけで席空いてんだから座れ。だべるならそこでいいだろ?」
「分かりました、小野教諭」
「はい、先生」
そう言うと先生は、再び椅子につき惰眠を貪った。二人はそれぞれ右手に兄、左手に妹といった感じに、与えられた席に腰掛けると、俺に向かって微笑んだ。
*
昼休み。
俺は何とかあの双子や、話を聞きつけた野次馬から逃れ、屋上にて寛いでいた。
寝転がり空を見上げると、何処までも開けた青い空が、俺の悩みなど矮小だと、笑っているかのように広がっている。それが無性にムカついた。
小さいって言われるのは嫌いだ。
「やはりそこに居たか、天城」
声をかけられ、俺はそちらへと首を向ける。そこには吉村の姿があった。
俺は大して驚きはせず、起き上がり彼に声をかける。
「オッス」
「疲れたって感じか…嫌な事があると、高い所に逃げる癖は抜けんな」
「ほっとけよ」
俺の顔を見るなり、小言を言い出す友人に対し、俺はそう言い剥れて見せる。吉村はそんな俺に向かって、手にした菓子パンを投げよこした。
「どうせ昼はまだだろ? 差し入れだ」
「お? サンキュ」
俺は受け取ったパンの封を開け、早速口に頬張る。甘い生地に濃厚なクリーム…実に美味かな。
「それにしても、そんな甘いだけの代物、よく喉を通るものだな」
「美味いものは美味い。それでいいじゃん」
「貴様とは長い付き合いだが、その舌だけは未だ理解できん」
そう言いながら、彼はビニール袋を漁り、中に入っていた牛乳パックを俺に手渡す。俺はそれを受け取るや、中身を一気に飲み干した。
「──プハァッ! ご馳走さん」
「はいはい、お粗末様」
俺の一言に無表情のまま答える吉村。こいつとは小学校からの付き合いだが、普段はこんな感じに仏頂面だ。こいつの感情が発露した顔を知る人間なんて…恐らく俺ぐらいだろう。そのおかげで、友達らしい友達なんて殆ど居らず、親友と呼べるのは、片手で納まる人数だったり。
「別に、それで苦労はしていない」
「だから人の心を読むなって!」
「バレバレなんだよ。お前の思考はな」
竹馬の友ってのも難儀なもんだ。ま、助けられる事の方が断然多いから、何とも言えないが。
「……で、どうするつもりなんだ?」
一息間を置いてから、吉村は俺にそう問いかける。
「どうするもこうするも……」
「どう扱えばいいか悩んでる…か。普段なら無難に立ち回るお前も、好意の剛速球には、対処しきれないと言ったところか?」
「そういうのじゃ…いや、そうかもな」
再び寝そべりながら、俺はそう呟いた。
正直、人に好意を抱かれる事自体には、全然悪い気はしない。
ただ俺は、目立つ事はしたくないんだ。
そう…目立ちたくない。人前に自分を晒すような真似はしたくない。
今のまま、普通に暮らしていけたらと思ってる。
……多分、それは無理な話なんだろうけど。
「どうだろうな。案外、その糸口は目の前にあるかもしれないぞ?」
「だから人の心を……」
「はいはい」
吉村は、拗ねた俺の姿に苦笑する。そういった表情を、もっと他所でもすれば、きっとモテるだろうになとは、口が裂けても言ってやらない。悟らせない。
一瞬、思考が他所に行った。今は双子への対応を考えるのが先だ。
……けど、
「どうしたらいいもんかね……」
「それなんだがな。簡単に事を収める方法はあるんだが……」
「え、マジ?」
思わず呟いた言葉に、意外な返答が返ってくる。俺は思わず飛び起きた。
「なあなぁ、それってどうすればいいんだ? 吉村!!」
「天城が怒らないと言うなら教えてやる」
「条件付了承!」
「また曖昧な」
「って言うか、俺が怒るような方法って何だよ?」
「わからんのか?」
すまん朋友、ワカラン。
「拒絶せず、双子のどちらかと付き合えばいいんだよ」
後頭部を殴られたような衝撃に、俺は思わず体制を崩す。
「まぁしばらくは騒がれるだろうが、相手があの真柴なら、周囲から要らぬちょっかいを出される事も無くなる」
「お、お前なぁ……」
「あぁ…お前がどんな奴かは重々理解している。その愛らしい容姿を四苦八苦しながら、如何に目立たないように努力しているかもな。正直、真柴兄の眼の付け所は、間違っていないと共感できなくはない」
「よ~し~む~ら──っ!!」
いくら何でも、今のは酷いぞ!
俺が食って掛かろうとすると、隆樹はその攻撃を難なくかわし、俺の頭にその手を乗せた。
「ははは、そう怒るな。今のは悪かったよ」
「ウッサイ、タカの馬鹿! 頭撫でて誤魔化すな!!」
「やれやれ…呼び名が昔に戻ってるぞ? 苗字で呼び合うんじゃなかったのか?」
「あぅ……」
吉村に窘められ、俺は我に返った。
「これじゃお前の理想とする男性像へは、まだまだ到達できそうにないな」
「うっせぇ!!」
「……本当にすまん。からかい過ぎた」
そう言って、吉村は頭を下げてはいるが…目はまだ笑ってる。
絶対許してやらねぇ!!
「まったくどいつもこいつも…人の苦労も知らないで」
「そりゃそうだろ? 知られぬようにしているのは貴様だし、知ってる俺もこればっかりは、替わってやる事ができないからな」
そう言い、吉村は俺の前髪を掻き揚げる。そして、覗き込むように俺の顔を見つめた。
「瞳の色…前よりも濃くなってきたな。ここまで朱色に変わっては、そろそろカラーコンタクトでも必要なんじゃないか?」
「……そんなに酷い?」
彼の真剣な眼差しに戸惑いながら、俺は小声で問いかける。不安な気持ちが声に伝わってしまったのか、彼は俺を気遣うように微笑みこう応えた。
「今はまだ大丈夫だと思うけどな。誕生日も近いことだし、何なら買ってやるよ」
「それは悪いって…それに、欲しいものは他にあるし」
「たかる気は満々か…まぁいいけどな」
肩を竦め、彼は俺から離れる。それと同時に、屋上の扉が開けられた。
「ミッちゃん発見! こんな所にいたんだ~♪」
勢いよく飛び込んできた相庭。大きく手を振りながら、俺に声をかける。
「よう」
「……相庭か」
「あ、タッちゃんも一緒だったんだ~♪ ホント、二人はラブラブだねぇ」
「語弊のある言い回しはやめてもらおう」
相庭の軽口に、突っぱねるようにそう返す吉村。鉄面皮を被ったその姿は、先程までのが嘘かように感じさせる。
こういうのって、ツンデレっていうのかなぁ?
そう思いながらふと見ると、相庭の後を続くように、屋上へ上がって来る人影に気が付く。俺はその人物に声をかけた。
「委員長に…真柴さん?」
俺の前に姿を現したのは、岸辺と真柴妹だった。
「何でここに?」
「校内を案内しているの。…因みにお兄さんの方は、小枝原君に頼んでおいたから」
俺の質問に、岸辺は笑みをこぼしそう答える。俺が落ち着きなくしていたので、そう言葉を付け加えたんだろう。俺ってそんなに分かりやすいのかな?
まぁいいや。
俺は話題を一旦切り、真柴妹の方を向く。
「で、何か面白いものでもありました? 真柴さん」
「名前でお呼びください。苗字ですと、兄と混同いたしますし」
「いや、確かにそうだけど……」
「……駄目でしょうか?」
上目遣いで俺を見つめる真柴妹。不安そうに佇む姿が、凄く可愛らしい。
破壊力あるな…これは断れん。
「……わかった、以後そうする」
「ありがとうございます」
そういって微笑む彼女は、本当に嬉しそうで直視できなかった。
「妹の方はまんざらではないか」
「……ウッセェ」
背後から俺にそう囁く吉村に、俺は肘打ちを放つ。もっとも、奴は難なく、それを片手で受け止め防いだが。
「で、まだ途中だろうけど…見てまわってどうだった? もっとも、何かあるってわけじゃない、ごく普通の学校だけど……」
「いえ、そんな事は…わたくし、このような場に来るのは初めてですので、見るもの全てが新鮮です」
そう言って、彼女は屋上の手すりに手をやり、グラウンドの方を見下ろす。この時間、グラウンドで過ごす生徒も少なくはなく、楽しそうに遊ぶ姿があった。
「何より、同世代の方々と交流する場など、殆ど持ち合わせていませんでしたので…これからの生活を考えると、胸が躍るばかりです」
「そっか」
そういえば自己紹介の時にも、そんな事言ってたような気がする。超が付く金持ちの御令嬢なんだ。その箱入りっぷりも、並ならぬものだったのだろう。
「楽しみか~。そうだよね♪ これから色々とよろしくね!」
そう言って真柴妹に抱きつく相庭。こいつは誰に対してもこんな感じだ。ある意味得な性格ではあるよな。馴れ馴れしいというか…ま、彼女もまんざらではないって感じだから、放置するけど。
「ってわけで、いさみんも私達『仲良しクラブ』の一員になったから、ミッちゃんもタッちゃんも、意地悪しちゃ駄目だからね!」
「仲良しクラブってなぁ……」
「その名称は、断固拒否すると言っただろう」
相庭の言葉に呆れる俺達。吉村はよっぽど嫌なんだろうな…ポーカーフェイスが崩れかけている。
「因みにお兄さんの方は?」
「アレは放置。その方が面白そうだから♪」
委員長が問いかけると、相庭はサラリとそう答えた。面白いってどういう意味かと、聞くのも嫌だ…人事だと思って。
「さて…寛ぐのもいいが、そろそろ時間がないぞ?」
騒いでいる俺達に対し、時計を見るように促す吉村。彼が言うとおり、時間はかなり押していた。
「そうね、それじゃ戻りましょう。いさみさん、案内はまた放課後にでも」
委員長の号令に合わせ、俺達は屋上から立ち去る。
教室へと向かう中、俺は真柴妹に声をかけた。
「……その…なんだ。よろしくな…いさみさん」
望まれている事とは言え、やっぱり下の名で呼ぶのには抵抗を感じる。
彼女は俺の言葉に、満面の笑みを浮かべこう返した。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。羊一…さん」
当然のように、名で返されてしまった。
まぁ初対面の時のような呼び捨てでない辺り、彼女なりに俺との距離を考慮したものなのだろう。
恋愛どうこうは別として、彼女とは付き合っていけそうな気がした。