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やぎのうた♪  作者: こゆき茜
起ノ壱 異な日常の幕開け
3/23

1

 俺、天城羊一には夢がある。

 ごく普通に暮らし、ごく普通に進学、ごく普通に就職し、ごく普通な家庭を築きあげる。

 そう、何に置いても『並』。

 十人居れば全てがそう抱くような平凡──世間一般、誰もがイメージするような『普通』の人生。

 刺激なんて、ちょっとした娯楽で得られれば十分。波乱万丈なんてノーサンキュー。

 普通が一番だよ、普通が。

 因みにこの事を誰かに語ると、皆して夢じゃないと呆れ返る。

 大人は年不相応だと溜息を吐き、同世代なら枯れていると嘲笑する。

 ──『夢の無い子供』。

 そういうレッテルが俺に与えられる…ふざけんなってんだ。

 人が誰しも、人生のスポットライトを浴びたいと思ったら、大間違いなんだよ。

 俺はそんな物要らない。特別でありたいなんて思わない。

 世界が一編の物語としたら、俺はその他大勢の脇役で十分だ。

 ……そう、それで十分。

 十分なんです。

 満たされるんです…だから、

「頼むから…俺の日常を返してくれ」

 俺は頭を垂れそう呟いた。


   *


 ──事の起こりは、今から十数分前。

 本鈴も鳴り止み、朝のHRという時間…しかし、いつもなら既に居る筈の、担任の姿はどこにも無い。それを良い事に、各々は勝手に席を立ち、それぞれの輪を作り談笑にくれていた。

 そこへ、ひとりの女生徒が飛び込んでくる。

「グッモ~ニング、皆の衆~!」

 陽気に手をヒラヒラと舞わせ、清々しいまでの笑顔を見せる彼女の名は、相庭(あいば)(ほむら)

 発育の悪いその体躯に、幼さの残る愛らしい顔だちから、お世辞でも『高校生に見える』とは到底言えない彼女だが…こう見えても17歳。俺と同い(タメ)年のクラスメイトだ。

「何がグッモーニングよ。今日も遅刻よ? 相庭さん。記録更新じゃない」

「エー? クミちゃんより先に来たわけなんだし、ここはセーフでしょ? セーフ!」

 呆れながらも嗜めようと声をかける級友に対し、彼女はそうやっておどけてみせる。

 因みに『クミちゃん』というのはうちの担任、小野(おの)久美(ひさよし)先生の事だ。

「まぁそんな事どうでもいいじゃん♪」

 良くないと思うぞ、相庭。

「それよりもそれよりも、見てよホラ! 校門の方!!」

 そう言い相庭は全員に、窓の外を見ろと催促する。それに従ったクラスメイト達が、次々と騒ぎ始めた。

 ……何だってんだ、一体。

 そう思いながら俺も席を立つ。そして窓際により、皆の視線の先を覘いた。

「……………」

 俺は目を疑った。

 校門前に止められているのは、高級車の代名詞。

 そう、リムジンって奴だ。遠巻きでも、生で見るのは初めてかもしれない。

 ただ…何だ……。

 車体が長い。それこそ無駄に。

 50mは下らない。60はあるかも…ってマジか!?

 何かのゲームでそんなネタがあったが、あの車種って本当に生産されてたのか?

「んなわけねぇよ」

 思わず口を吐いてしまう。

 まぁそれだけでも十分なインパクトだが、問題はそれだけじゃなかった。

 校門から校舎まで、真っ赤な絨毯がまっすぐに敷かれている。

 そして、その線を挟むように、ズラリと並ぶ黒服とメイド。仰々しく頭を下げるその様は、主の出待ちといった感じだ。

「オイオイ…マジかよ」

「何かのロケかしら?」

 口々のそう呟き騒ぐ級友たち。彼らの心中も俺と同じのようだ。

 ありえねぇよな…何の冗談だよ。

 そう思いながらも目線は外せず、暫くすると、執事と思われる初老の男が現れた。

 彼は車の戸を静かに開く。そして中から…見覚えのある井出達(いでたち)の女性が、その姿を現した。

 遠くからでもハッキリと分かる、芸能人顔負けの存在感。

 うちの高校指定のセーラー服を纏う、腰まで伸ばされた黒髪の女性は、静かにゆっくりと、赤絨毯の道を進んで行く。

 現実味を帯びぬその光景を、俺達はただ呆然と眺めていた。

 ……それは気のせいだったかもしれない。

 彼女が校舎を見上げた瞬間、俺と目が合った。

「──ぇ?」

 微笑んだ?

 ……うん、微笑んでるよな、あれって。

 俺に向けてのものと考えるのは、あまりにも自意識過剰と思うのだが、それでも…思わず期待に胸が高鳴る。

 そんな事は無いと思うが、彼女にその思いを気取られそうな気がして…俺は思わず視線を外す。俺のすぐ傍では、俺と同じ妄想に駆られ悶える、男子生徒たちの姿があった。

 悲しいな…単純過ぎる『男』って生き物が。

 苦笑いを浮かべ彼らの方を見ていた俺だが、やはり気になり窓へと顔を向け直した。

 彼女は先程と同じく、その場を動いてはいなかった。

 だがその表情は、さっきと違う色に塗り替えられている。その視線も…校舎の遥か頭上を見上げていた。

 遠目でハッキリとは分からないが…もしかして、顔が引きつってる?

 何故という疑問を抱きつつ、俺は彼女の視線の先を臨もうと、窓に身を乗り出し空を見上げた。


 バラバラバラバラ!


 回転翼特有の、空を切る音が頭上より響き渡る。

 突如現れた空からの来訪者は、俺達がたむろする窓に側面を晒し滞空した。

「な、何だコレ!?」

「ヘリ!?」

「スーパースタリオン!!」

 目の前の鉄の塊にうろたえる俺達。相庭だけは、それの名と思わしき叫びを上げ目を輝かせていた。


   *


「……あんの莫迦(ばか)ッ!!」

 これは後に人伝に聞いた話なのだが、赤絨毯の上に居た彼女はそう悪態を吐き、大層な形相で校舎へと駆け出していたそうだ。


   *


 窓の外を遮るヘリ。

 その側面に小さくある扉が開くと、そこから教室へ何かが飛び込んできた。

 けたたましく窓を打ち破り現れたそれは、事も無げにゆっくりと立ち上がる。

 迷彩に彩られたツナギに艶やかな黒髪。スラリと伸びた手足、しかしそれは程好く鍛えられているのか、引き締まり男性的な…それでいて武骨ではない、美しいプロポーション。その身の丈は180cmはあるだろう。

 高いなぁ…いいなぁ……少し分けて欲しいなぁ。

 俺、165cmと低いもので、つい羨ましく感じてしまう。

 彼は前髪を掻き揚げ、そして優しく微笑んだ。

 端正な彫刻のような、整えられた中性的な顔。

 切れ長の目、淡く輝く黒曜石のような瞳…睫毛(まつげ)長いな。それらしい格好とメイクをすれば、女性と言っても通じるかもしれない。

 突然の乱入者…その人物の姿に、その場に居る全員が硬直する中、彼はゆっくりと歩み寄ってきた…俺の方に。

 ──…何故?

 疑問符を浮かべながら、それでも金縛りが解けず硬直する俺。そんな俺の前に彼は立ち、そして──抱擁。

 ──…何故!?

 突然の事に思考が対処しきれず、俺は完全に石化。そんな俺の事はお構い無しに、彼は…こんな言葉をのたまいやがった。

「探したぞ──長い時を。そして…もう二度と離しはしない!!」

 その途端、黄色い声がどっと沸きあがる。

 我に返り辺りを見渡すと、口々に叫ぶ女生徒たちの姿があった。

 ちょっ何盛り上がってるんだ! ってか其処、写メ撮ってどうするよ!!

 ここで漸く身の危険を感じ、金縛りが解けた身体。俺は慌てて男の拘束から抜け出そうと試みる。しかし、それはもがけばもがくほど、強固となり俺の自由を奪った。

「ちょ…テメェッ! 離しやがれ!!」

「だが断る。例えこの命尽きようとも、この手を離しはせぬからな!!」

「なら死ね! そして離れやがれ!!」

 俺はありったけの力を込めて、相手の腹に一撃を打ち込む。だが所詮腕の伸びきっていない拳では、大した威力は生み出せず、そしてこいつの腹筋は、恐ろしいほどに固かった。

「相変わらず照れ屋さんだな」

「照れとかそんなんじゃねぇ! て言うか、俺はアンタとは初対面だぞ!?」

 彼の言葉にそう反論する。

 相変わらず? んなの知らねぇ!

「人違いだろ!?」

「いいや違わない。この私が、貴女を見間違える事など、ありはしない」

 男の『あなた』という言葉に、何となく嫌な感じを覚えた。それ以前に、今の状況全部が嫌だが!

 彼は僅かに拘束を緩め、俺の顔を覗き込む…そして、優しく呟いた。

「天城羊一…私は生まれる前から、貴女の事が好きです」

 ──…は?

 今…何て?

「私と、付き合ってください」

 時が止まった。

 ──そして、時は動き出す。

「「「「「天城が男に告られたぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」」

 絶叫する男子達。

 歓喜する女子。

 漂白される俺の脳……。

「……ま…待ちやがれぇっ!」

 俺は悲鳴を上げた。

 冗談じゃない! こいつ何言ってんだ!?

「ふ、ふざけるな! 俺は男だぞ!?」

 そうだ。俺は男である。

 確かに身長も低く、体格も恵まれていない。顔も母に似たらしく、目鼻立ちのハッキリした…少女のようだとからかわれる事もある。

 だが…だがだ!

 生まれてこの方、父親以外に愛を囁かれた事なんて、一度も無いぞ!?

 ホンモノか? こいつホンモノのアレですか!?

 公園のベンチで佇む地雷ですか!?

 ……そんな、纏まりの無い思考に翻弄される俺。

 奴は「何だそんな事か」と言わんかのように、小さく微笑みこう応えた。

「性別など、かつての障害に比べたら些細な事…私達の愛の妨げにはならないさ」

「「「「「ホンモノだこの人!!」」」」」

 ユニゾン。

 今、クラスはひとつにまとまった。

 これなら、校内暴力や虐めなんて、発生しないだろう。

 いや、実に良きかな……って、現実逃避するな俺!!

「さっ小枝原(さえはら)吉村(よしむら)、相庭! 助けてくれぇっ!!」

「オメデトウ」

「お幸せに」

「応援してるから♪」

 友人と信じていた彼らは、アッサリと俺を切り捨てた。

 関りたくないんですね? 分かります。俺が同じ立場なら、間違いなくそうしますしね。

 ……オゥ・マイ・ディア!

 圧倒的な理不尽を覆す、救いの手は…勇者は居ないのかよ!

 と、不意に俺の拘束が解かれる。しかし次の瞬間、俺は奴に抱き抱えられた。

 ……お姫様抱っこ…だと!

「いざ行かん! 巡るめく我らの愛の巣へと……」

「だ~ず~げ~でぇぇ──っ!!」

 これ以上ない屈辱と、かつて無い恐怖に襲われ、俺は無我夢中に暴れた。しかしその抵抗は、まったくと言っていいほど効果を現さず……。

 ……あぁ…俺、オワタ?

「何をなさっておられるか、兄上!!」

 背後からの声に、その場に居た全員が振り返った。

 見るとそこには…先程校門前のリムジンから現れた女性が、肩で息をきらせ仁王立ちし、こちらを睨みつけていた。

 さっきは遠目でよく分からなかったが、今こうして見ると、抜きん出た容姿に、思わず息を呑んでしまう。

 肌理(きめ)細かな白い肌、四肢は細くしなやかで、触れば折れてしまいそうな…ガラス細工のよう。異性を引き付けてやまない豊満な果実…それを引き立て、美しさを損なわないボディーライン。そんな日本人離れなスタイルに降ろされた黒髪は、手入れが行き届き美しく輝いている。その面は…そこで、俺は驚愕した。

 性別がそうだからか、より女性的で愛らしくあるものの、そこにあるのは…突然現れた男と瓜二つであったからだ。

 彼女は険しい視線を男に向けながら、ヅカヅカとこちらに歩み寄ってくる。そして正面に立つと素早く、男を俺から引き剥がした。

「こんな街中でヘリを使って登場、その場を掻き回した上、羊一に要らぬちょっかいをかけるなど…一体何を考えているのだ!!」

 彼女は庇うように、俺と男の間に立ち、凄い剣幕でまくし立てる。

 ってか、さも当然と言わんばかりに呼び捨てですか?

 俺、君とも初対面の筈ですけれども。

 そんな俺の疑問も何もかも無視して、彼女は更に言葉を続けた。

「転校初日から、このような問題を起こして…まったく、貴方って人は!」

 だがそれを聞いた男の方は、まったく悪びれた様子も見せずこう返す。

「何を言う…真柴(ましば)に生を受けし者…無二の出会いは劇的でなければならない」

 劇的? ……まぁ確かに激的ではあったが。バイオレンス的な。

「それは重々了解している! だからこそ、それでいて控えめに、わたくしなりに考慮し登校してまいりましたが……」

 あの赤絨毯の事を指しているのなら、ひとつ言わせて欲しい。

 全然控えていません。

「大体、貴方は『今回』諦めると言ったではないか! その言葉は偽りと言うのか!?」

「偽るつもりは無かったさ。だが、この想いを押さえるなど、到底無理な話だったのだ!」

「それが彼を悩ませ、再び苦しめる事になってもか!?」

 彼女の放ったその一撃に、男はぐうの音も出ず後ずさる。

 こうかはばつぐんだ! …いいぞモットヤレ!!

 男が無力化したのを確認すると、彼女は振り返り俺と向き合う。

 ……心なしか彼女の目、潤んでるような。

 スッと、彼女の両手が俺の首にかけられる。何事かと思った次の瞬間…俺の顔は、弾力ある何かに押さえつけられた。

 ……甘くて、いい香りがする。

「この人はわたくしのものです…誰にも渡しません!」

「「「「「何ぃぃぃぃ──っ!!」」」」」

 本日三度目のユニゾン。

「ここに来て更に彼女だと!?」

「さっきから兄って呼んでるし…兄妹でひとりをめぐる三角関係!?」

「って言うか、何で天城だけそんな美味しい事に!!」

 俺が聞いたいわ!!

「き、君…一体……」

「他人行儀に畏まらないで下さい。わたくしの事は…『いさみ』と名でお呼びを……」

 彼女は満ち足りた表情で微笑む。…眩し過ぎて直視できない。

 しかし、この状況はよろしくない。俺も健全な男だし、そりゃまぁ色々と。

 俺は心苦しく…実際、息苦しくもあったが、彼女の両肩を掴み、強引に引き離した。

「OK、とりあえず落ち着こう! ……俺と君らとは初対面…だよな?」

「はい」

「その通りだ」

 二人して返ってきた返事は、肯定の言葉だった。

 戸惑う俺の姿に男は苦笑し、そして更に言葉を続ける。

「だから先程も言ったであろう? 『生まれる前から好きです』と」

 ……そういえば、そんな事も言っていたような。

「この私、真柴(ゆう)は──」

「わたくし、真柴いさみは──」

「「前世の悲願を胸に、貴女の元へと参りました」」

 口を揃えて、俺にそう語る二人。

 ──『前世』…ですか?

 ……………。

 ……電波だ!

 しかも、そろって激しくヤバイ人だ!!

 微笑む二人の顔は、並ならぬ好意を、隠す事もせずあらわにしている。

 それが俺の日常に、どれ程の波紋を立てる事になるか、知りもしないで。


 ──そして、現在に到る。

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