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やぎのうた♪  作者: こゆき茜
起ノ伍 文月の夏休み
23/23

19

 さて、一夜明けての午前十時前。

 俺は隣町の駅前大通にある、噴水の傍にて人と待ち合わせをしていた。

 いくら夏休みとはいえ、世の中の大人達から見れば、今は平日の真昼間。故に人通りは疎らである。しかしそれでも少ないわけでなく、営業回りのビジネスマンとかが、忙しなく行き交っていた。

 そんな人々…特に男性の、こちらへ向ける視線を感じる度に、俺は背筋に冷たいモノが走る。

 何故かって?

 それはだな…正直、説明したくもないのだが、今俺が着ている服に、多大な問題があるからだ。

 とはいえ、それは洗濯もされていないボロ着というわけじゃない。むしろ真逆の…清潔感ある白のワンピースだ。

 ……………。

 何故だ!!

 何故休みの昼間っから、女装して表を出歩かなきゃならないんだ!

 そして誂えかのように、これまた白のローヒール! 更にとどめと言わんばかりのサマーハットが、淑女感バリバリ全開で、顔から火が出る程恥ずかしいんですが!!

 ねぇコレ虐め? 新手の嫌がらせなんですか!?

 いくらこれから行く場所が場所だからって、これはやり過ぎです八雲さん。

 朝起きた時には既に、他の服を全て隠し、何処かに姿をくらました相手を怨みつつ、ふぅと深めにため息ひとつ。俺は左手の手首を反し、はめられた腕時計の文字盤を眺めた。

 ──…約束の時間はもうすぐである。

 そろそろ、誰かしら姿を見せてもおかしくないのだが…そう思いふと視線を戻すと、ちょうどこちらへと駆け寄って来る、件の人物の姿を捕えた。

 ……いや、訂正。

 猛スピードで突っ込んで来やがりました。

「羊一さ──」

 回避。

「んぁっ!?」

 相手の致死性を帯びたタックルを、俺は紙一重で躱す。目標を見失った彼女は、その場で見事にスッ転んだ。

「うぅ…避けなくっても…良いじゃないですか……」

 その場に転がったまま、彼女は涙目でそう訴える。転んだ事よりも俺に避けれた事の方が、ダメージを受けたと言いたいらしい。

 そんな、普段からは想像がつかない程、はっちゃけている相手に苦笑いを浮かべ、俺はそっと手を差し延べた。

「大丈夫ですか? いさみさん」

 すると彼女は漸く、俺の手をとり立ち上がる。土を付けてしまった衣服を軽く払い、彼女ははにかみながら返事を返した。

 さて、出だしから女装(こんなかっこう)をして何事かと思われるだろう。それについて事のあらましを説明するには、昨日まで遡る必要がある。

 先日、夏休みの計画をたてていたあの時、俺の苦情など無視して相庭が持ち出した「明日みんなで、水着買いに行こぉ〜♪」というこの一言。聴いたその時は女性陣のみで、和気藹々とウインドウショッピングするんだろうな…なんて思っていたわけですが。

 ……え、把握した?

 だかましいわ、ワレッ!!

 あぁ、その通りだよこん畜生!

 まるで違和感無くデフォルトに、俺も頭数に入れられていたってわけですよ!!

「じゃっ明日、隣町のショッピングモール前、十時に集合だからね? それなりの格好して来る事。遅刻しちゃダメだよ〜♪」

 ……と、帰り際に宣う相庭を見た時には、「何言ってんの? この人」と心底思ったわけで、思わず心中を吐露した俺に向かって、

「それはこっちのセリフ! 明後日のバイトに必要でしょ? しかも連日使うんでしょ?」

 ピシリと人差し指で俺を指し、相庭はそう言い放った。

 まったくこの子は…人を指差しちゃダメだよって、親から習わなかったのか?

「いや…でも一応、不本意だが一着持ってるし──」

「一着だけでしょ? 着たきりスズメなんてダメダメです!」

 俺の反論に対し、相手はそう言葉を被せる。こちらの意見など受け付けませんと言わんばかりに、相手はさらにこう続けた。

「それに相手方はミッちゃんの事、女の子だと思ってるんだよね? ソレで押し通すつもりなら、それ相応の格好してバレないようにしないとダメダメなんだよ?♪」

 そう言う彼女の顔は真剣そのものといった表情だが、その目が笑っているのを見逃す程、俺の目は節穴ではないんだからね!

 面白がってやがる…完全に玩具扱いかよ!!

「だからってなぁ…何で夏休み初日の朝から、そんな面倒な事の為に出掛けないと──」

「どうせ毎日無駄にゴロゴロと、寝て暮らそうと思ってるんでしょ?」

「──…し、失敬な。寝て暮らす以外にも考えてるわい」

「返答に間が空いた時点で、説得力無いわね」

 一瞬言い吃った俺の言葉に、透かさず委員長が突っ込みを入れる。お陰で俺は見事に言い淀んでしまった。その姿にそれ見た事かと、相庭は肩を竦めて呆れてみせた。

「と・に・か・く、必ず来る事! でないと後が怖いんだから…絶対なんだからね!♪」

 ……と、最後の最後まで念を押され、当日を迎えた今、こうしているわけだ。

「……とは言え、その姿は些か…気合いが入り過ぎでいるのではありませんか?」

 俺を品定めするかのように上から下へと眺め、いさみさんは苦笑いと共にそう呟く。その言葉に、俺は辟易しながらこう返した。

「好きでこんな格好してるわけじゃ無いです。八雲さんに普段着隠されてしまって…仕方が無くですから」

 流石に裸で過ごすわけにはいかないでしょう?

「そうですか──…それは僥倖。後で褒美をとらせなければ」

「……今なんて?」

 何やら小声で呟く彼女に、怪訝な表情を浮かべ問い掛ける。だが相手は「なんでもございません」と、少し慌てたそぶりを見せるだけで答えようとはしなかった。

「……だからって、普通着る? 着て来ちゃうかなだからって!」

「ニャハハハハハ死ぬ! お腹死んじゃうぅぅ〜〜っ!!♪」

 物陰から俺らの様子を、笑いつつ盗み見していた二人に気付いたのは、調度待ち合わせの時間をまわった頃だった。


   *


「ね〜、もういい加減、機嫌直しなよ〜♪」

 三人との距離を置き、ひとりふて腐れる俺に向かって、相庭がそんな言葉を掛けてきた。

 まったく誠意の欠片も有りやしない…絶対許してやるもんか。

 そんな思いを胸に、俺は相手から顔を背ける。するとやれやれといった感じに、相庭のため息が聞こえてきた。

 ……ため息吐きたいのはこっちだっての。

 そう思いながら、俺は皆の先頭に立ち、目的地へと歩いていた。

 目指すは大型デパート内にある、婦人服売場也!

 ……………。

 目的を思い出した途端、その歩みがみるみる遅くなっていく。気が付けば三人に追い抜かれ、追従する形になっていた。

「いや、あからさまに遅いわよ…どうしたの?」

 明らかに遅れを見せる俺に心配してか、委員長が優しく声を掛けてくれる。しかしながら、それに対してまともに返事できるほど、今の俺には余裕というものがなかった。

 大体、

「なぁ、どうしても行かなきゃならないのか?」

 と言う疑念しかないわけで。

 確かに今回、女装してバイトする事になったわけだし、その下準備としてレディース物の衣装を最低限揃えようとなったわけだが。

 それ自体は異論はないよ。…言いたい事は山ほどあれど。

 しかし、だ。

 それって、俺立ち合いの下行わなければ駄目なのか?

 前みたいに、八雲さん辺りに頼んで、適当に見繕ってくれれば、事足りるんじゃないだろうか。

 下着類とかなら、ネット通販という手もある。

 現に、俺の持つ女性物のそれらは、それを活用して購入した物だし、そう考えると…今こうしてあからさまな恰好をし、表を出歩いている事態に疑問しか沸かないわけなんですよ。

「そういった葛藤を抱いてるわけなのだが──」

「あぁ、なんだ。そんな事か……」

 いや委員長、そんな事かの一言で切り捨てないで下さい!

「理由は簡単よ。要はその姿で、他人に見られる事に慣れる為。外見的には問題ないんだから、堂々としていなさいって事」

 腕を組み張り出す胸を更に誇示しながら、委員長はそう返事を返す。「そうすればまずばれる事はないから」と、彼女は言葉を付け足した。

「うん…まぁ、それについては了解した」

 納得は出来ていないが。

 主に『外見的には問題ない』って下りとか。

 ……………。

「……ねぇ、泣いてもいい?」

「いいけど、喜ぶ人が二名ほどここにいるよ〜♪」

「だっ、誰が人を泣かせて喜ぶもんですか!」

 俺が弱音を吐くと、相庭が愉快そうに答え、それに対し委員長がむきになって反論を返してくる。しかし、このタイミングでそれを言っちゃう辺り、心の片隅にそういった気持ちが隠れているのを露見させてますよっと。

 や〜も〜どうでもよくなった。

「とりあえず、自分の見た目どうこうはもう諦めた」

「開き直りましたよ、奥さん♪」

 黙れ相庭。

「それよりも、だ。俺に──」

「『俺』じゃなく『わたし』っ!♪」

 俺という一人称にたいし、すかさず訂正を示唆する相庭。

 ホントに黙ってお願い!

 そう思い睨みつけるも、相手は譲る気なしのようで…助け舟を求め辺りを見るも、他の二人も相庭側についたらしく、無言でプレッシャーを掛けてきた。

 ……あぁっ! もうっ!!

「──…私…に、こんな恰好許しといて……」

 何かがポッキリと折れる音を聴きながら、俺は仕方なしに言い直す。そんな俺の姿に三人は満足といわんばかりにうなずいて見せた。

 おにょれ…皆していじめやがって。

 『女、三人寄れば──』…何て読むんだったっけ? か…なんちゃらいってやつ?

 どっちにしろ、感じ的にも漢字的にも、実によろしくはないのは明らかだ。何よりこの状況はよろしくない!

 しかし、だ。

 次の一言で、俺はそれを打開してみせる!

「現役女子高生様がその出で立ちってのは、一体どういう了見よ!?」

 そうです、何と言うことでしょう。

 男の俺にこんな恰好を許しておいて、いさみさんも委員長も、シャツにジーンズという、無茶苦茶ラフな衣装を纏われておいでなのだ!

 因みに相庭はピンク色のツーピース。スカートの丈も短くヒラヒラで、一体どこの小学生かと疑いたくなる出で立ちだ。

 いや、似合ってるけど…むしろ似合いすぎてて突っ込みに困るほどだけど。

 とにかくだ、

「現役女子高生様がその出で立ちってのは、一体どういう了見よ!!」

 大事な事なので二度言いました。

 大事な事なので二度言いました!

 望むなら何度でいいますとも!!

 ……くど過ぎました、すみません。

 すると二人は互いの顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。相庭は自分の事ではないと理解してか、素知らぬ顔でこちらの様子を眺めていた。

 僅かに間を開けた後、先に答えたのはいさみさんだった。

「八雲に相談した結果、街中では活動的に振る舞える装いの方が好ましいといわれ、このような服装となったのですが…可笑しいでしょうか?」

「いえ、全然おかしくありません」

 むしろ、そのまともな発想が、八雲さんから出たことに驚きです。

 俺にはこんな服宛がっといて、どういうつもりなんだ、あの人は。


『男装女子に男の娘のツーショット…萌えますわ!』


 ──…幻聴が聞こえた気がした。

 まぁそんな事はどうでもいいとして、俺は視線を委員長ヘと向ける。まるで申し合わせたかのように、皆の注目は彼女へと集められた。

 その事に恥じらいを見せながら、彼女はボソリとこう呟く。

「私も…真柴さんと同じ理由よ、うん」

「嘘だ〜ぁよ〜♪」

 小声で言う委員長に対し、すかさず指差しそう言い放ったのは、やはりというか相庭であった。

 だからこの子は…人様を指差してはならないと。

 お母さん、ホントに怒りますよ?

 そんな事を思いながら、俺は成り行きをただ見守る。すると委員長が、相庭の言葉に怪訝な表情を浮かべ、こう問い掛けた。

「嘘だって…一体、何の根拠を持ってそう言うのよ」

 ごもっともな意見です。

「ふっふっふっ…あたし知ってるんたからね〜? ハッちゃん部屋着も今と似たり寄ったりだし、クローゼットの中身だって、制服以外のスカートないじゃない♪」

「なっ!? アンタ、人の家で何やってんのよ!!」

 まったくもって、ごもっともな意見です。

「この相庭焔、ネタの為なら容赦はしない♪」

 決め台詞をひとつ、誇れる程も無い胸を張りながら、奴は毅然と言い放った。

 ……全然威張れる事じゃないから。

 むしろ最低だ、コイツ。

 それにしても──

 俺は改めて、委員長の姿を眺めた。

 以前にも言った通り、彼女の容姿は『美人』に類する。手入れの行き届いた艶やかな黒髪に、スラリと伸びた四肢。なまめかしい括れをみせ、引き締まったヒップ…そして上着に隠されたそれは、破壊力満点のバスト! 破壊力満点のバストなのです!!

 ハッキリ言おう…勿体無すぐる!

「聞こえてるんだけど、独り言」

 やっちまったなぁっ、俺っ!!

 俺に白い目を向ける委員長の姿に、自らが犯した失態に気が付いた。

 過去に真柴兄の前でやらかしたミスを、ここに来て再び犯してしまうとは…これは間違いなく、俺への心証を悪くしてしまった事だろう。

 そんな事を考えていると、彼女はふぅとため息を吐き、

「……ま、天城君のその反応は、今日に始まった事じゃないし…ね」

 と、呆れたと言わんばかりに呟いた。

 ……それはそれで、心の汗がだだ漏れおこしますんですが。

 俺、結構紳士的で通してるつもりなんだよ?

 仮に『おっぱい魔神』だとしても、『おっぱい魔神』という名の紳士だよ!!

「……って、話を逸らそうったって、そうはいかないんだから!」

 別にそんなわけではなかったであろうが、俺は無理矢理そう言って話題を戻す。このまま続けると、旗色悪くなる一方だろうし。

「とにかくです、委員長にはもっと『オサレ』に着飾る義務があると言うのです!  女の子として!!」

「さんせ~い♪  全あたし最高裁判所にて、可決なのですよ!!」

 俺が委員長に向かってそう言うと、相庭が賛同し腕を高々とあげた。

 流石だな…こういう悪ノリしている時は、実に頼もしい事この上ない。

「それでオネェ様、如何になさるおつもりで?♪」

「誰が『オネェ様』ですか。そうだな…正直、反則的なプロポーションだし、大概のやつは似合うだろうな……」

「あたしとしては、あえて『少女』である部分を強調するようなのがいいな~? 白ゴスとか♪」

「巨乳ゴスロリ…だと!? それもまた良し(ベネ)!!」

「な、何がベネなのよ!…と言うか、どうしてそこで盛り上がるわけなの!?」

 本来この集まりは、俺という素体(オモチャ)を弄り倒して愛でる為のものでは? 委員長はそう言いたいらしい。

 だがしかぁーしっ!

 そんな予定など、我が転嫁術が幻想ごと打ち砕く!!

「諦めるんだな…貴様の敗因は、ミッちゃんを怒らせた!」

 などと言い放ったのは、またしてもというかやっぱり相庭。

 怒らせたか否かという話なら、間違いなく相庭が当人なんだがな…今は味方だから、突っ込むのは止しておこう。

「り、理不尽よ! 真柴さん、何かこのお馬鹿に言って頂戴…と言うか助け──」

「そうですね…金銭面においては気になさらないでください。全面的にバックアップ致しますので」

「……忘れてたわ。真柴さんは基本、天城君側だったのよね」

 意気消沈する委員長。

 力なく落とされた肩。その姿からは、何とも言えぬ哀愁が漂っていた。

「そうと決まればいざ鎌倉! さっさと目的地に向かうよ、みんな!!」

「わかりました」

「アイ・マム!♪」

「誰がマムか~っ!!」

「『女、三人寄らば姦しい』とはよく言ったものね……」

 騒ぐ俺達を横目に、委員長はそう言いため息を吐いた。

 そう、それだそれ! 『かしましい』だったか…咄嗟に出てこなかったよ。

 難しい言い回しをよく知っているなぁ…さすが委員長!

 だが感心するがそれはそれ。

 悪いが彼女には俺の保身の為に、尊い犠牲となっていただきます。

 骨は拾うから…まぁアレだ、

「ガンバ♪」

「貴方が言うな!」

 目一杯ぶりっこして見せたけど、やっぱり怒られるのであった。

 ──…ま、いいか。

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